「削除する」と全加盟国で決めてから21年。旧敵国条項はなぜ残っているのか
2026年9月22日(日本時間23日)、高市早苗首相は国連総会の一般討論演説で、国連憲章の「旧敵国条項」は「早急に削除されるべき」だと訴えました。これに対し中国外務省は翌23日、この条項には今も「重要な現実的意義がある」と反論しています。旧敵国条項とは何か、対象はどの国か、そして1995年に155対0で「時代遅れ」と決議されたのに、なぜ今も憲章に残っているのか。国連の原文と採決記録、政府答弁書からわかりやすく整理しました。
2026年9月23日時点の情報で作成
日本・ドイツ・イタリアなど
中国を含む常任理事国5か国が賛成
「削除を決意」してから
改正されてから(1973年)
・旧敵国条項は国連憲章の53条・77条・107条にある「敵国」の文言。国名は書かれておらず、日本・ドイツ・イタリアなど7か国を指すと考えられている
・1995年の国連総会は条項を「obsolete(時代遅れ)」と認める決議を賛成155・反対0で採択。中国もロシアも賛成した
・それでも消えないのは、削除に「憲章の改正」が必要だから。改正には加盟国の3分の2(129か国)の批准と、常任理事国5か国すべての批准がいる
・憲章の改正は80年で3回しかなく、最後は1973年。旧敵国条項の削除は、改正案の採択の段階にすら進んでいない
高市首相は国連演説で何を訴えたのか
高市首相は2026年9月22日夜(日本時間23日午前)、ニューヨークで開かれている第81回国連総会で、就任後初めての一般討論演説を行いました。演説の後半、国連改革を訴えるくだりで、旧敵国条項について次のように述べています(朝日新聞が掲載した演説全文より)。
「同時に、81年を経た国連憲章も、見直されなければなりません。『旧敵国条項』について、2005年には、全加盟国首脳の決意として、国連憲章から『敵国』への言及を削除するとの国連総会決議が採択されています。この決議に従い、同条項は早急に削除されるべきです。70年間にわたり、国連の取り組みに大きく貢献してきた日本の誇りと名誉にかけて、強く申し上げておきます。」
今年は日本が国連に加盟してから70年の節目です。首相はこの直後に、常任理事国と非常任理事国の双方を拡大する安全保障理事会の改革も「緊急に必要」だと訴えました。
一般討論演説で日本がこの条項の削除を求めることは、近年はほとんどありませんでした。2024年6月の政府答弁書によると、一般討論演説での直近の指摘は2007年9月の高村正彦外相(当時)です。少なくとも2024年6月の時点では、約17年間、国連総会の最も目立つ演説でこの問題に触れていなかったことになります。
旧敵国条項とは?3つの条文をわかりやすく
「旧敵国条項」という名前の条文があるわけではありません。国連憲章のなかで、第二次世界大戦の「敵国」に触れている53条・77条・107条の3か所をまとめてそう呼んでいます(国連では「enemy State clauses」)。日本語訳は国連広報センターの訳文によります。
| 条文 | 書かれている内容 | かみくだくと |
|---|---|---|
| 53条 | 地域的な取り決めによる強制行動には安保理の許可が必要。ただし「敵国」に対する措置で107条に基づくものや、「侵略政策の再現に備える」地域的取極に基づくものは例外とする。2項で「敵国」を「第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国」と定義 | 旧敵国が再び侵略に動いた場合、安保理の許可を待たずに地域の枠組みで対応してよい、という例外。最も問題視される条文 |
| 77条 | 信託統治制度を適用できる地域の一つとして「第二次世界大戦の結果として敵国から分離される地域」を挙げる | 敗戦国から切り離された領土を国連の信託統治に置ける、という規定。信託統治の対象地域はすでに残っていない |
| 107条 | 憲章のいかなる規定も、敵国に関して戦争の結果として責任ある政府がとった行動を無効にしたり排除したりしない | 戦勝国が戦後処理としてとった措置(占領・領土の処理など)を、憲章を理由に否定することはできない、という規定 |
中国などが「安保理の許可なく軍事行動がとれる」と持ち出すのは、主に53条の例外です。ただし53条の例外は「侵略政策の再現」に備えるためのもので、しかも「関係政府の要請に基いてこの機構(国連)がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで」の暫定的なしくみとして書かれています。
旧敵国はどの国?対象7か国と国連での立場
国連憲章には、「敵国」にあたる国の名前が書かれていません。国会の質問主意書などでは、次の7か国を指すと考えられていると説明されています。7か国はすべて、とっくに国連の加盟国です。
| 国 | 国連加盟日 | 加盟からの年数 | 国連分担率(2025〜27年) |
|---|---|---|---|
| 日本 | 1956年12月18日 | 69年9か月 | 6.930%(加盟国で3位) |
| ドイツ | 1973年9月18日(東西両ドイツ) | 53年 | 5.692%(4位) |
| イタリア | 1955年12月14日 | 70年9か月 | 2.813% |
| フィンランド | 1955年12月14日 | 70年9か月 | 0.386% |
| ルーマニア | 1955年12月14日 | 70年9か月 | 0.358% |
| ハンガリー | 1955年12月14日 | 70年9か月 | 0.223% |
| ブルガリア | 1955年12月14日 | 70年9か月 | 0.071% |
7か国の分担率を合計すると16.473%。国連の通常予算のおよそ6分の1を、憲章の上では「敵国」と書かれたままの国々が負担している計算です。日本とドイツの2か国だけでも12.622%で、常任理事国のイギリス(3.991%)・フランス(3.858%)・ロシア(2.094%)の3か国合計9.943%を上回ります。
加盟日は国連公式サイトの加盟国一覧、分担率は国連総会決議79/249(2025〜2027年の分担率表)の値です。加盟からの年数は2026年9月23日時点で当ブログが計算しました。1995年の決議は、こうした状況を「条項が向けられた国々は国連の加盟国であり、国連のあらゆる取り組みにとって貴重な存在」と表現しています。
「死文化」とはどういうこと?1995年決議と2005年成果文書
日本政府が「旧敵国条項は死文化している」と言うとき、根拠にしているのは次の2つの国連文書です。
- 1945年6月国連憲章に署名サンフランシスコで署名。戦争がまだ終わっていない時期に書かれたため、「敵国」への備えが盛り込まれた。
- 1995年12月総会決議50/52を採択12月11日、賛成155・反対0・棄権3で採択。条項は「obsolete(時代遅れ)になった」と認め、憲章108条の改正手続きを「できるだけ早い適当な会期に」始める意思を表明した。
- 2005年9月世界サミット成果文書(決議60/1)9月16日採択。177項で「53条、77条、107条における『敵国』への言及を削除することを決意する」と明記した。
- 2026年9月高市首相が国連で削除を要求2005年の決意から21年、1995年の決議から31年。条文はまだ一字も変わっていない。
1995年の決議について、国連デジタルライブラリーの採決記録を確認すると、常任理事国のアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国はすべて賛成しています。反対はゼロで、棄権したのはキューバ・北朝鮮・リビアの3か国だけでした(当時の加盟185か国のうち27か国は投票に参加せず)。旧敵国とされる7か国も全部賛成しています。
2005年の成果文書は、国連創設60年の首脳会合(世界サミット)に合わせて総会で採択されたもので、日本政府は「全加盟国首脳の決意」と位置づけています。政府は2024年6月の答弁書で、この記述があるので「いかなる国においても、御指摘の『旧敵国条項』を援用する余地はない」と説明しています。
1995年の決議も2005年の成果文書も、国連総会の決議です。総会の決議には憲章そのものを書き換える力はありません。「削除すべきだと全員が認めた」ことと「条文が消えた」ことは別で、このすき間が、中国が「今も有効」と主張する余地になっています。
なぜ削除されないのか?3つの理由
理由1:削除には「常任理事国5か国すべて」の批准が必要
国連憲章の改正は108条で決まっています。改正が効力を持つには、次の2段階をすべてクリアしなければなりません。
- 総会で採択:加盟国の3分の2の賛成。現在の193か国なら129か国
- 各国で批准:加盟国の3分の2(129か国)が国内の手続きで批准し、しかもそのなかに常任理事国5か国がすべて含まれること
つまり、常任理事国が1か国でも批准しなければ改正は成立しません。1995年に賛成した中国が、いま条項に「重要な現実的意義がある」と言っている以上、仮に総会で改正案が採択されても、中国の批准がなければ削除は実現しないことになります。
理由2:憲章の改正は80年で3回だけ。最後は1973年
国連憲章はめったに改正されない条約です。これまでの改正は、国連の公式な注記によると次の3回(4つの条文)しかありません。
| 総会で採択 | 発効 | かかった日数 | 改正の中身 |
|---|---|---|---|
| 1963年12月17日 | 1965年8月31日 | 623日 | 安保理を11か国→15か国に(23条・27条)、経済社会理事会を18か国→27か国に(61条) |
| 1965年12月20日 | 1968年6月12日 | 905日 | 憲章再審議の全体会議の開き方(109条) |
| 1971年12月20日 | 1973年9月24日 | 644日 | 経済社会理事会を27か国→54か国に(61条) |
| ―(未採択) | ― | 決議から1万1,000日超 | 旧敵国条項の削除(53条・77条・107条) |
過去の3回は、総会で採択されてから発効まで623〜905日(約1年8か月〜2年6か月)かかりました。旧敵国条項の削除は、1995年の決議から数えて1万1,000日(約31年)を超えていますが、改正案が総会で採択されたことは一度もありません。「批准が遅れている」のではなく、改正手続きのスタートラインにすら立っていないのが実態です。
理由3:日本自身が「安保理改革とセット」にしてきた
日本政府は長く、旧敵国条項の削除を単独で進めるのではなく、同じく憲章の改正が必要な安保理改革と一緒に進める方針をとってきました。2014年3月28日の衆議院外務委員会で、岸田文雄外相(当時)は次のように答弁しています(2024年6月の政府答弁書が引用)。
憲章を改正する機会は、次にいつ来るかわからないほど貴重です。そのため、せっかく改正するなら日本の常任理事国入りにつながる安保理改革と一緒に、という考え方でした。しかし安保理改革は各国の利害がぶつかり続けて進まず、結果として旧敵国条項の削除も一緒に止まってきました。今回の演説でも、首相は旧敵国条項の削除と安保理改革を続けて訴えています。
同じ2005年の成果文書は、176項で「信託統治理事会はもはや会合を開いておらず、残された機能もない」として、憲章13章と信託統治理事会への言及を削除すべきだとも書いています。1994年に最後の信託統治地域パラオが独立して役目を終えた機関ですが、こちらも条文は残ったままです。「使われていない条文でも、憲章の改正は起きない」という点では、旧敵国条項と同じ状況にあります。
中国はなぜ「旧敵国条項は今も有効」と言うのか
1995年の決議に賛成した中国が、旧敵国条項を持ち出すようになったのは最近のことです。報道をもとに流れを整理します。
- 2025年11月在日中国大使館がXに投稿11月21日、ドイツ・イタリア・日本などが再び侵略に向けた行動をとった場合、国連創設国は安保理の許可なく直接軍事行動をとる権利があるとする投稿をした。高市首相の台湾有事をめぐる国会答弁に中国側が反発するなかでの発信だった(産経新聞)。
- 2025年11月外務省がXで反論11月23日、「死文化した規定がいまだ有効であるかのような発信は、国連において既に行われた判断と相いれない」と投稿した(同)。
- 2026年8〜9月中国外務省がくり返し言及8月19日に条項の「拘束力」を強調し、9月2日にも「関連条項は今なお有効だ」として53条・77条・107条を挙げた(同)。
- 2026年9月23日高市演説に中国が反論郭嘉昆・副報道局長が会見で、条項には「再び軍国主義が国際平和の脅威となることを防ぐため、重要な現実的意義がある」と述べた(毎日新聞)。共同通信によると、「ファシズムや軍国主義」の再来を防ぐ目的があるとして削除に反対した。
中国外務省は、条項そのものの解釈だけでなく、日本の現政権が「再軍事化を加速している」といった批判と組み合わせて主張しています。条項を「今も使える法的根拠」として扱う中国と、「全加盟国がすでに時代遅れと認めた」とする日本の間で、同じ条文の読み方が真っ向から分かれている状態です。
旧敵国条項を理由に日本が攻撃されることはある?
日本政府の公式な立場は、2005年の成果文書で当時の全加盟国が削除を決意している以上、どの国も旧敵国条項を援用する余地はないというものです(2024年6月の政府答弁書)。
条文の中身から見ても、53条の例外が対象にしているのは「侵略政策の再現」への備えです。また1995年の決議は、条項が向けられた国々が国連の加盟国であることを前提に、条項を時代遅れと認めています。中国自身もその決議に賛成票を投じています。
一方で、条文が憲章に残っている限り、外交の場で「まだ有効だ」と持ち出されること自体は止められません。首相が「早急に削除されるべき」と訴えた背景には、死文化していても、書いてある限り宣伝や圧力の材料に使われるという問題意識があるといえます。
今後の焦点
- 改正案が総会に出されるか:1995年の決議は「できるだけ早い適当な会期に」改正手続きを始めるとしていた。日本が具体的な改正案の提出に動くかどうか
- 安保理改革との切り離し:これまでの「安保理改革とセット」方針を続けるのか、旧敵国条項だけを先に進めるのか
- 中国・ロシアの対応:改正には常任理事国5か国すべての批准が必要。1995年に賛成した両国が、いまどう動くか
- 首相の記者会見・国会答弁:国連総会の日程を終えた首相の説明や、今後の国会質疑で方針が示されれば、この記事に追記します
旧敵国条項についてよくある質問
Q. 旧敵国条項とは簡単にいうと何ですか?
A. 国連憲章の53条・77条・107条にある、第二次世界大戦の「敵国」に関する文言のことです。特に53条は、旧敵国が再び侵略に動いた場合、安保理の許可がなくても地域の枠組みで強制行動をとれる例外を定めています。1995年の国連総会決議で「時代遅れ」と認められ、2005年には全加盟国が削除を決意しましたが、条文はまだ残っています。
Q. 旧敵国条項の対象国はどこですか?
A. 憲章に国名は書かれていませんが、日本、ドイツ、イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドの7か国を指すと考えられています。7か国はいずれも1950〜70年代に国連に加盟しており、日本は1956年12月18日に加盟しました。
Q. 日本は今も国連の「敵国」なのですか?
A. 条文は残っていますが、国連総会は1995年に賛成155・反対0で条項を「時代遅れ」と認め、2005年には削除を決意しています。日本政府は、どの国も条項を援用する余地はないという立場です。日本は国連加盟から70年目で、国連の通常予算の6.930%を負担する加盟国3位の拠出国です。
Q. なぜ旧敵国条項は削除されないのですか?
A. 削除には国連憲章の改正が必要で、総会で加盟国の3分の2(129か国)が賛成し、さらに常任理事国5か国すべてを含む3分の2の国が批准しなければならないからです。憲章の改正は80年で3回しかなく、最後は1973年です。日本も安保理改革と一緒に改正を進める方針をとってきたため、削除の改正案はまだ総会で採択されていません。
Q. 中国は旧敵国条項の削除に賛成していたのですか?
A. はい。1995年12月11日の総会決議50/52の採決記録では、中国は賛成票を投じています。2005年の世界サミット成果文書も全加盟国の首脳の決意として採択されました。しかし2025年11月以降、中国は条項が「今なお有効」だと主張するようになり、2026年9月23日にも「重要な現実的意義がある」と述べています。
・United Nations「UN Charter (full text)」(53条・77条・107条・108条の原文と、憲章改正の注記)/国連広報センター「国連憲章テキスト」(日本語訳)
・国連総会決議 A/RES/50/52(1995年12月11日)/国連デジタルライブラリー 採決記録
・国連総会決議 A/RES/60/1「2005年世界サミット成果文書」(176項・177項)
・衆議院「国連憲章におけるいわゆる『旧敵国条項』に関する質問に対する答弁書」(2024年6月28日)/同 質問主意書
・United Nations「Member States」(加盟日)/国連総会決議 A/RES/79/249(2025〜2027年の分担率)
・朝日新聞「高市首相の国連総会一般討論演説全文」(2026年9月23日)、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、共同通信の各報道
・アイキャッチ写真:国連総会議場(Mr Bullitt/Wikimedia Commons/CC BY 2.5)を明るさ調整・トリミングし文字を追加
※加盟からの年数・分担率の合計・日数は、公開資料をもとにした当ブログの計算です。本記事は2026年9月23日時点の情報です。


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