ICCを「本当に」脱退できた国は、24年間で2カ国だけ
2026年9月22日、トランプ米大統領は国連総会の演説で、国際刑事裁判所(ICC)の加盟国に「ただちに脱退せよ」と呼びかけました。では、これまでICCを脱退した国はどこなのか。国連の条約記録から脱退の通告を全件数えると、24年間で10件。そのうち3件は撤回され、脱退が成立したのは2カ国だけでした。あわせて、ICCの予算を最も多く負担している日本の立場を、分担率の表から試算しました。
2026年9月23日時点の情報で作成
(ローマ規程の締約国)
ブルンジ・フィリピン
2027年に発効予定
約51億円・加盟国で1位
・脱退の通告は2016年以降で10件。撤回3件、発効2件、手続き中5件
・脱退の効力は通告の1年後。加盟中の犯罪への捜査は脱退後も続けられる(ローマ規程127条)
・2026年に通告した5カ国の分担金を合計しても全体の0.19%。日本1カ国はその約79倍
・加盟125カ国のうち、分担金の少ない106カ国分を合計してやっと日本1カ国分になる
トランプ大統領は国連で何を呼びかけたのか
トランプ大統領は2026年9月22日(現地時間)、ニューヨークで開かれた第81回国連総会で一般討論演説を行いました。演説のなかでICCを「制御不能な機関」「邪悪な人々の集団」と批判し、「ICCの加盟国すべてに、このならず者の機関からただちに正式に脱退するよう求める」と述べました(ロイター通信の報道より翻訳)。
あわせて、アメリカ兵が「反米的な法廷」で見せしめの裁判にかけられることは許さない、という立場も繰り返しました。国連ニュースも、演説でICCについて「アメリカには管轄権がない」と述べ、各国に脱退を呼びかけたと伝えています。
アメリカはICCの加盟国ではありません。それでも、加盟国ではない国の大統領が、国連の場でほかの国々にICC脱退を促すのは異例です。背景には、ICCがイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出したこと(2024年11月)への強い反発があります。
ICCとは?国際司法裁判所(ICJ)との違い
ICC(International Criminal Court、国際刑事裁判所)は、オランダのハーグにある常設の国際刑事裁判所です。1998年に採択された「ローマ規程」という条約にもとづき、2002年に活動を始めました。ニュースで「ICC」と「ICJ」がよく混同されるので、違いを表にまとめます。
| 項目 | ICC(国際刑事裁判所) | ICJ(国際司法裁判所) |
|---|---|---|
| 裁く相手 | 個人(大統領や軍の指揮官も含む) | 国と国の争い |
| 扱う罪・争い | 集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪 | 領土・海洋境界・条約の解釈など |
| 根拠 | ローマ規程(条約)。国連の機関ではない | 国連憲章。国連の主要機関 |
| 加盟 | 125カ国。米・中・露・印などは非加盟 | 国連加盟国は自動的に当事国 |
| 日本人のトップ | 赤根智子 所長(2024年3月から) | 岩澤雄司 所長(2025年3月から) |
ICCが裁くのは「国」ではなく「個人」です。自国の裁判所が捜査・処罰をする意思や能力がないときに限って動く「補完性の原則」が基本で、国の裁判所の代わりではなく、最後の受け皿という位置づけです。
ICCを脱退した国はどこ?通告10件の全一覧
ローマ規程の寄託者は国連事務総長なので、脱退の通告はすべて国連の条約記録(UN Treaty Collection)に載ります。2026年9月23日時点の記録を全件書き出すと、次の10件になりました。
| 国 | 脱退の通告日 | 発効日 | 現在の状態 |
|---|---|---|---|
| 南アフリカ | 2016年10月19日 | ― | 撤回 2017年3月7日 |
| ブルンジ | 2016年10月27日 | 2017年10月27日 | 脱退済み 初の脱退国 |
| ガンビア | 2016年11月10日 | ― | 撤回 2017年2月10日 |
| フィリピン | 2018年3月17日 | 2019年3月17日 | 脱退済み |
| ハンガリー | 2025年6月2日 | ― | 撤回 2026年5月29日 |
| ニジェール | 2026年6月18日 | 2027年6月18日 | 手続き中 |
| ブルキナファソ | 2026年6月24日 | 2027年6月24日 | 手続き中 |
| マリ | 2026年6月24日 | 2027年6月24日 | 手続き中 |
| ベネズエラ | 2026年7月24日 | 2027年7月24日 | 手続き中 |
| チャド | 2026年7月27日 | 2027年7月27日 | 手続き中 |
数えると、通告10件のうち撤回3件、発効2件、手続き中5件です。ICCが活動を始めた2002年から24年間で、実際に脱退が成立したのはブルンジとフィリピンの2カ国しかありません。手続き中の5カ国は、発効するまでは加盟国のままなので、現在の加盟国数125にも含まれています。
撤回された3件:南アフリカ・ガンビア・ハンガリー
2016年には、アフリカの国々が相次いで脱退を表明し「アフリカの集団脱退」と報じられました。しかし南アフリカは国内の裁判所が「議会の承認を経ていない脱退通告は違憲」と判断したことを受けて撤回し、ガンビアは政権交代で撤回しました。
ハンガリーは2025年、ICCから逮捕状が出ているネタニヤフ首相を国に招いたのに合わせて脱退を通告しました。ところが2026年4月の総選挙で政権が交代し、新政権のもとで議会が5月27日に脱退の取り消しを可決。発効日(6月2日)の直前、5月29日に国連へ撤回を届け出ました。政権が替われば脱退も覆る、という例が3件そろっています。
2026年に相次ぐ脱退:サヘル3カ国・ベネズエラ・チャド
2026年に入ってからは、6月にニジェール・ブルキナファソ・マリの西アフリカ3カ国、7月にベネズエラとチャドが通告しました。1年間に5カ国が通告したのは、2016年(3カ国)を上回って過去最多です。報道によれば、ベネズエラとチャドはいずれも、ICCがアフリカや中南米ばかりを対象にしているという「地域的な偏り」を理由に挙げています。ICCの締約国会議の議長団は8月、両国に再考を求める声明を出しました。
脱退すれば裁かれない?ローマ規程127条の「1年ルール」
ICCからの脱退は、ローマ規程127条で次のように決められています。
- 127条1項:脱退は、国連事務総長が通告を受け取った日から1年後に効力を生じる
- 127条2項:脱退しても、加盟していた間に生じた義務はなくならない。脱退の発効日より前に始まった捜査・手続きへの協力義務も残る
つまり、脱退しても「加盟中の犯罪」からは逃げられません。実際にそうなった例が2つあります。
・ブルンジ:脱退が発効する2日前の2017年10月25日、ICCの予審裁判部が捜査開始を許可。加盟中の2015〜2017年の出来事が対象になった
・フィリピン:2019年に脱退が発効したあとも、加盟中(2011〜2019年)の麻薬撲滅作戦をめぐる捜査が続き、ドゥテルテ前大統領は2025年3月に逮捕されてハーグへ移送された
また、非加盟国の国民でも、加盟国の領域で罪を犯した疑いがあればICCの管轄に入ります。アメリカが加盟国でないにもかかわらずICCを強く警戒しているのは、このしくみがあるためです。
なぜICC脱退が相次ぐのか?3つの理由
2025年以降の動きを並べると、脱退や脱退の呼びかけの背景は大きく3つに分けられます。
- アメリカの圧力:トランプ大統領は2025年2月、ICC関係者への制裁を可能にする大統領令14203号に署名しました。以後、ICCの判事や検察官が次々と制裁対象に指定され、アメリカ国内の資産凍結やアメリカの金融システムからの締め出しを受けています
- 「アフリカ偏重」への不満:ICCがこれまで手がけた事件はアフリカ関係が多く、「大国の問題は裁かず、小国ばかりを裁く」という批判は2016年から続いています
- ICC自身の混乱:2026年7月24日、締約国会議の特別会合でカーン検察官が不正行為を理由に解任されました(賛成82・反対13・棄権15)。検察官の解任はICC史上初めてです
日本はICCの最大の出資国|分担金の試算
日本は2007年10月1日に105番目の加盟国となって以来、ICCの予算を最も多く負担してきました。ICCの分担率は、国連の分担率をICC加盟国の中で割り直して決まります(締約国会議の2026年予算決議)。そこで、国連の2025〜2027年の分担率表をもとに、加盟125カ国の分担率を当ブログで試算しました。
| 順位 | 国 | 分担率(試算) | 2026年の分担額(試算) |
|---|---|---|---|
| 1 | 日本 | 14.6% | 約2,830万ユーロ(約51億円) |
| 2 | ドイツ | 12.0% | 約2,320万ユーロ(約42億円) |
| 3 | イギリス | 8.4% | 約1,630万ユーロ(約29億円) |
| 4 | フランス | 8.1% | 約1,580万ユーロ(約28億円) |
| 5 | イタリア | 5.9% | 約1,150万ユーロ(約21億円) |
| 6 | カナダ | 5.4% | 約1,040万ユーロ(約19億円) |
| 7 | 韓国 | 5.0% | 約960万ユーロ(約17億円) |
| 8 | オーストラリア | 4.3% | 約830万ユーロ(約15億円) |
国連の2025〜2027年の分担率(国連総会決議79/249)のうち、ICC加盟国の分だけを合計(47.339%)し、各国の値をその合計で割りました。分担額は、2026年予算1億9,685万ユーロのうち分担金で賄う1億9,327万ユーロに分担率を掛け、1ユーロ=180円で円換算しています。国連非加盟のパレスチナとクック諸島は国連の分担率がないため除きました(影響は0.01ポイント未満)。報道で見かける「日本15.9%」は2023年の数字で、国連での日本の分担率が8.033%から6.930%に下がったため、現在はやや低くなっています。
この表から、次のことがわかります。
- 2026年に脱退を通告した5カ国の分担率を合計しても0.19%(約6,500万円)。日本1カ国の分担はその約79倍です
- 分担率の小さい国から順に足していくと、106カ国を合計してようやく日本1カ国分に届きます
- アメリカ・中国・ロシア・インドが加盟していないため、ICCの予算は日本と欧州の国々に大きく依存しています
小さな国が何カ国抜けても、ICCの財政にはほとんど響きません。一方で、日本やドイツのような大口の国が抜けると、予算の1割以上が一度に失われます。トランプ大統領の呼びかけの成否は、脱退国の「数」よりも、大口の出資国が離れるかどうかで決まるといえます。
赤根智子所長への制裁と日本政府の対応
ICCのトップである赤根智子所長は日本人です。検事出身で、2018年3月にICC判事に就任し、2024年3月に裁判所長に選ばれました。
- 2007年10月日本がICCに加盟7月17日に加入書を寄託し、10月1日に105番目の加盟国に。
- 2024年3月赤根智子氏が裁判所長に日本人として初めてICCの所長に選ばれる。
- 2025年2月米大統領令14203号ICC関係者に制裁を科すための大統領令に署名。
- 2026年7月カーン検察官を解任締約国会議の特別会合で決定(7月24日)。
- 2026年8月赤根所長が制裁対象にアメリカ政府が8月18日に指定。外務省は翌19日の報道官談話で「今回の措置は大変残念」と表明した。
- 2026年9月トランプ氏が国連で脱退を要求9月22日の国連総会演説で、全加盟国にICC脱退を呼びかけた。
外務省は8月19日の談話で、日本は「常設の国際刑事法廷であるICCを一貫して支持してきている」と述べ、関係国と意思疎通を取りながら法の支配の強化に取り組むとしています。日本経済新聞によると、高市首相も8月25日、制裁は日本の立場と相いれないとして、赤根氏への支援を続ける考えを示しました。
日本がICCを脱退する可能性はある?
2026年9月23日時点で、日本政府がICC脱退を検討しているという公式の説明はありません。外務省の談話や首相の発言は、いずれもICCへの支持を続ける内容です。
ただし、日本は同盟国アメリカとの関係と、最大の出資国・所長の出身国としての立場の間で難しい判断を迫られています。今回の演説は加盟国「すべて」に向けた呼びかけなので、日本政府がどう応じるかは、今後の記者会見や国会答弁で注目されます。
今後の焦点
- アメリカのさらなる制裁:これまでの判事・検察官個人への制裁が、どこまで広がるか
- 第25回締約国会議(2026年12月7〜17日・ニューヨーク):2027年の予算の承認に加え、解任されたカーン氏の後任選びの行方
- 脱退の発効(2027年6〜7月):手続き中の5カ国が、ハンガリーのように撤回するか、そのまま発効するか
- 新たな脱退の通告:今回の呼びかけに応じる国が出るかどうか。通告は国連の条約記録にすぐ載るので、確認できしだいこの記事に追記します
ICC脱退についてよくある質問
Q. ICCを脱退した国はどこですか?
A. 脱退が発効したのはブルンジ(2017年10月)とフィリピン(2019年3月)の2カ国だけです。2026年にはニジェール、ブルキナファソ、マリ、ベネズエラ、チャドの5カ国が脱退を通告しており、2027年6〜7月に発効する予定です。南アフリカ、ガンビア、ハンガリーは通告後に撤回しました。
Q. アメリカはICCに加盟していますか?
A. 加盟していません。2000年にローマ規程に署名しましたが、批准はせず、2002年に批准の意思がないことを国連に伝えました。中国、ロシア、インドも加盟していません。
Q. ICCを脱退すると、すぐに裁かれなくなりますか?
A. なりません。脱退の効力が生じるのは通告から1年後で、加盟していた間の犯罪や、発効前に始まった捜査への協力義務は残ります(ローマ規程127条)。フィリピンのドゥテルテ前大統領は、脱退後に加盟中の事件で逮捕されました。
Q. 日本はICCにいくら払っていますか?
A. 国連の分担率をもとにした当ブログの試算では、2026年の分担率は約14.6%、金額は約2,830万ユーロ(約51億円)で、加盟国の中で最も多い負担です。
Q. ICCとICJの違いは何ですか?
A. ICC(国際刑事裁判所)は戦争犯罪などを行った「個人」を裁く裁判所で、条約にもとづく独立の機関です。ICJ(国際司法裁判所)は国連の機関で、「国と国」の争いを扱います。
・UN Treaty Collection「Rome Statute of the International Criminal Court」(締約国数・脱退通告の全件。2026年9月23日取得)
・ICC締約国会議 決議ICC-ASP/24/Res.4(2026年予算・分担率の決め方)
・国連総会決議 A/RES/79/249(2025〜2027年の国連分担率)
・外務省「国際刑事裁判所(ICC)に対する米国の制裁(外務報道官談話)」(2026年8月19日)/外務省「国際刑事裁判所(ICC)」
・UN News(2026年9月22日)、ロイター通信、Human Rights Watch(2026年8月19日)、NPR(2026年7月24日)、Al Jazeera、日本経済新聞の各報道
※分担率・分担額は公開資料をもとにした当ブログの試算で、ICCの公式発表値ではありません。本記事は2026年9月23日時点の情報です。


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