原油と石炭は止めたのに、ロシア産LNGだけ減っていない
アメリカで9月18日、ロシア産の石油・天然ガスを買う国に最大100%の関税を課せる法律が成立しました。日本は対象になるのでしょうか。財務省の貿易統計を1988年分までさかのぼって集計したところ、日本の「ロシア離れ」は品目によってまったく様子が違うことがわかりました。
2026年9月19日時点のデータで作成
(2021年→2025年)
(同)
(同)
(対象国からの輸入品)
結論:日本は数値の条件を満たしている。問われるのは「努力したか」
2026年9月18日、トランプ大統領が「Lindsey O. Graham Sanctioning Russia and Iran Act of 2026」(H.R.5334)に署名しました。ロシア産の原油や天然ガスを買っている国からの輸入品に、最大100%の関税を課せるようにする法律です。
日本は原油と石炭についてはほぼ買うのをやめました。2021年と2025年を比べると、原油は98.2%減、石炭は93.9%減です。ところがLNG(液化天然ガス)だけは11.7%しか減っていません。
新法にはガスについての適用除外があります。「ロシアの年間ガス輸出全体の15%未満」であり、かつ「輸入を減らすための重要な措置をとっている」国は、関税を免れます。日本の輸入量は15%という数量条件を大きく下回ります。焦点になるのは、後半の「重要な措置(significant steps)」を日本がとったと言えるかどうかです。この言葉は法律に定義がありません。
対ロシア制裁法が成立、トランプ氏署名 ロの貿易相手国に関税 https://t.co/xQO2vPsQBe https://t.co/xQO2vPsQBe
— ロイター (@ReutersJapan) September 19, 2026
・新法が「誰に」「いつから」関税をかける仕組みなのか
・日本のロシア産エネルギー輸入が、品目ごとにどう変わったか(貿易統計の自前集計)
・2026年5月と6月、日本がロシア産原油を買い直していた事実
・サハリン2の適用除外がいつまでなのか
何が決まったのか──「上位5か国」と「新規購入」の2段構え
米議会調査局(CRS)の解説によれば、この法律の関税は二段構えになっています。
- 1ロシアからの輸入品そのものに、最大500%の関税石油・天然ガス・石炭などが対象です。ただし米国は2022年の法律ですでにロシア産石油の輸入を禁じているため、実務上の影響は限定的とされています。
- 2ロシア産エネルギーを買う「第三国」に、最大100%の関税ロシア産原油の輸入量上位5か国、またはロシア産天然ガスの輸入量上位5か国が対象になりえます。判定は法律の成立前12か月間の実績です。
- 条件ただし「発効後に新規購入をした国」に限られる上位5か国に入っているだけでは足りず、施行(成立から30日後)以降に新たな購入をしていることが要件です。つまり上位国でも、買うのをやめれば関税は課されません。
- 除外ガスには数量の抜け道があるロシアの年間ガス輸出総量の15%未満の輸入にとどまり、かつ削減に向けた「重要な措置」をとっている国は、ガス関連の関税を免除されます。原油側には、これに相当する除外規定がありません。
- 裁量税率も対象国も、大統領とUSTRが動かせるUSTRは180日ごとに税率を0〜100%の範囲で調整できます。大統領は国益にかなうと認定すれば関税を免除できます。運用の幅が非常に広い法律です。
ロシア産原油の買い手として名前が挙がるのは中国とインドです。報道でも、この2か国が実施上の焦点だとされています。日本は原油の輸入をほぼゼロまで落としているため、原油側の上位5か国に入る状況にはありません。
米国の対ロ制裁・関税法案、インドが米印関係への影響警告 https://t.co/h2Wi7aqA8j https://t.co/h2Wi7aqA8j
— ロイター (@ReutersJapan) September 17, 2026
貿易統計で見た、日本の「ロシア離れ」の実態
ここからが本題です。財務省の貿易統計(ロシアからの輸入・年別)から、エネルギー3品目の数量を抜き出して集計しました。
| 年 | 原油(万kL) | LNG(万トン) | 石炭(万トン) | 鉱物性燃料の金額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| 2018年 | 838.9 | 667.3 | 1,873.7 | 11,902 |
| 2019年 | 937.9 | 639.9 | 2,017.8 | 10,896 |
| 2020年 | 602.2 | 614.0 | 2,168.0 | 6,812 |
| 2021年 | 524.2 | 656.7 | 1,973.4 | 9,546 |
| 2022年 | 228.7 | 686.9 | 1,157.7 | 13,515 |
| 2023年 | 11.9 | 613.3 | 347.1 | 7,022 |
| 2024年 | 0.0 | 568.4 | 122.5 | 5,776 |
| 2025年 | 9.5 | 579.8 | 120.9 | 5,312 |
ウクライナ侵攻が始まった2022年を境に、原油と石炭は急速に減りました。2024年の原油輸入はゼロです。石炭も2018年の1,873.7万トンから122.5万トンまで落ちました。
一方でLNGは、侵攻が始まった2022年にむしろ増えています。2021年の656.7万トンから686.9万トンへ、4.6%の増加です。その後も緩やかに減っただけで、2025年は579.8万トン。2021年比で11.7%減にとどまります。
| 品目 | 2021年 | 2025年 | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 原油 | 524.2万kL | 9.5万kL | −98.2% |
| 石炭 | 1,973.4万トン | 120.9万トン | −93.9% |
| LNG | 656.7万トン | 579.8万トン | −11.7% |
理由は代替の難しさにあります。原油は中東から買えます。石炭はオーストラリアやインドネシアから買えます。しかしLNGは、長期契約と専用の受け入れ設備、そして運搬船の手当てがセットになっており、契約を切り替えるのに年単位の時間がかかります。電力・ガス会社にとっては、そのまま供給不安につながる品目です。政府がLNGだけ温存してきたのは、この構造によるものです。
2026年5月と6月、日本はロシア産原油を買い直していた
年別データでは見えないことが、月別データで見えます。2024年にゼロまで落ちた原油輸入が、その後どうなったかです。
| 時期 | ロシア産原油の輸入(kL) | 背景 |
|---|---|---|
| 2025年6月 | 70,247 | 約1年ぶりの購入 |
| 2025年7月 | 25,052 | — |
| 2025年8月〜2026年4月 | 0 | 9か月間ゼロ |
| 2026年5月 | 58,319 | ホルムズ海峡の混乱を受けて再開 |
| 2026年6月 | 184,366 | 2023年以降で最大の月間輸入 |
| 2026年7月 | 0 | — |
2026年5月と6月の合計は24万2,685kLです。報道では、2026年5月に日本の石油元売りがサハリン2の原油を購入し、愛媛県に陸揚げされたと伝えられていました。その動きが、貿易統計の数字としても確認できます。
ロシア極東「サハリン2」の原油が愛媛到着 イラン軍事作戦後初https://t.co/UfX2cGc63K #nhk_news
— NHKニュース (@nhk_news) May 5, 2026
月次データをさかのぼると、2023年1月以降でロシア産原油の輸入があった月は6か月しかありません。そのうち最大が2026年6月の184,366kLです。つまり日本のロシア産原油の購入は、常態ではなく例外的な出来事として起きています。
背景にあるのは中東情勢です。日本は原油の9割超を中東に頼っており、ホルムズ海峡の通航が細ったことで調達先の分散を迫られました。皮肉なことに、その受け皿のひとつがロシアだったわけです。
新法で重要なのは、関税の要件が「上位5か国であること」に加えて「施行後に新規購入をしたこと」である点です。日本の原油輸入量は上位5か国に届く規模ではありませんが、中東情勢が再び悪化して調達に困ったとき、ロシアに手を伸ばしにくくなったことは確かです。
サハリン2という例外は、12月18日まで
日本がロシア産LNGを買い続けられているのは、米財務省外国資産管理室(OFAC)が個別に許可を出しているからです。サハリン2に関する一般ライセンスは、2026年6月18日に期限を迎えるはずでしたが、12月18日まで延長されました。
「サハリン2」米制裁除外延長へ - ロシア産原油・LNG輸入https://t.co/FRKLVsHzoX
— 共同通信公式 (@kyodo_official) June 10, 2026
サハリン2は、ガスプロムが7割超を保有し、日本の三井物産が12.5%、三菱商事が10%を出資するプロジェクトです。報道によれば日本への供給は年360万〜390万トンで、2025年の日本のLNG輸入全体の約9%にあたります。
ここで、先ほどの貿易統計と突き合わせると気づくことがあります。2025年に日本がロシアから輸入したLNGは579.8万トンでした。サハリン2の供給量として報じられている360万〜390万トンとは、190万〜220万トンの開きがあります。つまり日本が買っているロシア産LNGは、サハリン2だけではないということになります。
これから何を見ればいいのか
見るべき節目は3つあります。
1つめは、法律の施行日です。成立が9月18日なので、30日後の10月中旬に効力が生じます。関税の対象国が具体的にどこになるのか、その時点で輪郭が見えます。
2つめは、12月18日です。サハリン2の一般ライセンスの期限です。これまで期限が来るたびに延長されてきましたが、新法の成立後も同じ扱いが続くかどうかは、日本のエネルギー調達に直接かかわります。
3つめは、毎月の貿易統計です。財務省が月ごとに公表しており、ロシアからの原油・LNG・石炭の輸入量が数量ベースでわかります。「重要な措置をとっているか」が問われる以上、これから日本の数字がどう動くかは、そのまま交渉材料になります。
よくある質問
Q. 日本に100%の関税がかかる可能性はありますか?
A. 現時点では低いと考えられます。関税の対象は「ロシア産原油またはガスの輸入量上位5か国」かつ「施行後に新規購入をした国」です。日本の原油輸入はほぼゼロで上位5か国の規模ではありません。ガスについては、ロシアの年間ガス輸出総量の15%未満であれば免除される規定があり、日本の輸入量はこれを大きく下回ります。ただし免除にはもう一つ「削減に向けた重要な措置をとっていること」という条件があり、この文言には法律上の定義がありません。
Q. なぜLNGだけ減らしていないのですか?
A. 代替が難しいためです。原油は中東から、石炭はオーストラリアなどから調達先を切り替えられますが、LNGは長期契約・受け入れ基地・輸送船が一体で、契約の組み替えに年単位の時間がかかります。電力とガスの供給に直結するため、政府はLNGを「削減の対象外」に近い扱いで維持してきました。実際、侵攻が始まった2022年はむしろ前年より4.6%増えています。
Q. 日本はロシア産原油をまた買っているのですか?
A. 2026年5月に58,319kL、6月に184,366kLを輸入しています。2024年は年間ゼロでしたが、ホルムズ海峡の混乱で中東からの調達が細ったことを受けて再開したものです。7月はゼロに戻っています。常時買っているわけではなく、中東の供給が詰まったときの調整弁として使われている、という形です。
Q. サハリン2からの輸入は止まりますか?
A. 2026年9月時点では止まっていません。米財務省OFACの一般ライセンスにより、2026年12月18日まで、原油とLNGの輸送や決済(ガスプロムバンクとの取引を含む)が認められています。これまで期限のたびに延長されてきましたが、今回成立した新法のもとで同じ運用が続くかどうかは決まっていません。
Q. ロシアからの輸入が減ると、何が起きますか?
A. 金額で見ると、ロシアからの鉱物性燃料の輸入は2021年の9,546億円から2025年は5,312億円へ、44.4%減っています。仮にLNG約580万トンが止まれば、別の産地から同量を買い直すことになります。世界的にLNGの需給が締まっている局面では、その調達コストが電気代・ガス代に乗ってくる可能性があります。
・財務省貿易統計「輸出入額の推移(地域(国)別・主要商品別)」ロシア 年別・月別(輸入)
・米議会 H.R.5334 Lindsey O. Graham Sanctioning Russia and Iran Act of 2026(2026年9月18日成立)
・米議会調査局(CRS)”Tariff Authorities in the Lindsey O. Graham Sanctioning Russia and Iran Act of 2026″
・米財務省外国資産管理室(OFAC)サハリン2に関する一般ライセンス(2026年12月18日まで延長)
・サハリン2の供給量・出資比率、2026年5月の原油購入、制裁除外の延長は各社報道(NHK・共同通信・日本経済新聞・ロイター)による
※品目別の輸入数量の推移および変化率は、上記の貿易統計をもとに当サイトが集計・計算したものです。原油の単位はkL、LNGと石炭はトンです。


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