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福田康夫元首相が死去、90歳 死因は?在任365日と親子首相の記録
第91代内閣総理大臣の福田康夫さんが10月22日、心不全のため東京都の病院で亡くなりました。90歳でした(共同通信)。死去は26日に明らかになりました。父・福田赳夫元首相に続く憲政史上初の親子2代の首相で、在職日数は365日。首相官邸の「歴代内閣」に載る戦後の首相の在職日数と並べて、その1年がどんな位置にあるのかを確かめました。
この記事の結論
- 福田康夫元首相は2026年10月22日、心不全のため東京都の病院で死去しました。90歳。葬儀は近親者のみの密葬で行われ、後日、本葬が開かれます(共同通信)。
- 首相としての在職日数は365日(2007年9月26日〜2008年9月24日)。首相官邸の記録で戦後の首相36人(現職を除く)を通算在職日数の長い順に並べると26番目で、36人の中央値(568.5日)の6割余りでした。
- 父・赳夫氏(第67代)の在職日数は714日。2人とも71歳で初めて首相に就任しており、戦後の首相の初就任時の年齢では康夫氏は7番目の高さです。
- 2008年6月11日には参議院で首相問責決議が賛成131・反対105で可決されました。群馬テレビは「現憲法下で初の首相問責」と伝えています。

福田康夫元首相はいつ亡くなった?死因と葬儀
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 亡くなった日 | 2026年10月22日 |
| 死因 | 心不全 |
| 亡くなった場所 | 東京都の病院 |
| 年齢 | 90歳(1936年7月16日生まれ) |
| 明らかになった日 | 2026年10月26日 |
| 葬儀 | 近親者のみの密葬で執り行い、後日、本葬を開く(共同通信・時事通信)。読売新聞は、後日「お別れの会」を開く予定と報道 |
| 喪主 | 長男で衆院議員の福田達夫氏 |
共同通信「福田康夫元首相が死去、90歳 史上初の親子宰相、日中関係強化」(10月26日14時配信、16時47分更新)による。生年月日は首相官邸「歴代内閣」の福田康夫氏のページによる。
共同通信によると、福田氏は2026年10月22日に心不全のため東京都の病院で亡くなり、関係者が26日に明らかにしました。時事通信は「衆院が26日に発表した」、読売新聞は「自民党などが26日、発表した」と伝えています。
「出身地」の表記について
共同通信と時事通信は「東京都出身」、読売新聞は「東京都生まれ」と報じています。一方、首相官邸の「歴代内閣」の福田康夫氏のページでは、出身地は群馬県と書かれています。選挙区は1990年の初当選から旧群馬3区で、この記事の集計は官邸の表記に合わせています。
福田康夫氏の在任365日は戦後何番目?首相官邸のデータで比較
首相官邸の「歴代内閣」には、初代の伊藤博文から現職の高市早苗首相まで、代ごとの在職期間と在職日数が載っています。福田康夫氏は第91代で、在職期間は2007年9月26日〜2008年9月24日の365日です。官邸の在職日数は就任日と退任日を両方数える方式で、当サイトで全代を計算し直しても一致しました。
戦後(第43代の東久邇宮稔彦王以降)の首相のうち、現職を除く36人を通算在職日数の長い順に並べると、福田康夫氏は26番目でした。すぐ上は菅義偉氏(384日)、すぐ下は麻生太郎氏(358日)です。父の福田赳夫氏は714日で15番目でした。
| 順位 | 首相 | 通算在職日数 | 初就任 |
|---|---|---|---|
| 1 | 安倍晋三 | 3,188日 | 2006年 |
| 2 | 佐藤榮作 | 2,798日 | 1964年 |
| 3 | 吉田茂 | 2,616日 | 1946年 |
| 4 | 小泉純一郎 | 1,980日 | 2001年 |
| 5 | 中曽根康弘 | 1,806日 | 1982年 |
| 6 | 池田勇人 | 1,575日 | 1960年 |
| 7 | 岸信介 | 1,241日 | 1957年 |
| 8 | 岸田文雄 | 1,094日 | 2021年 |
| 9 | 橋本龍太郎 | 932日 | 1996年 |
| 10 | 田中角榮 | 886日 | 1972年 |
| 11 | 鈴木善幸 | 864日 | 1980年 |
| 12 | 海部俊樹 | 818日 | 1989年 |
| 13 | 三木武夫 | 747日 | 1974年 |
| 14 | 鳩山一郎 | 745日 | 1954年 |
| 15 | 福田赳夫 | 714日 | 1976年 |
| 16 | 宮澤喜一 | 644日 | 1991年 |
| 17 | 小渕恵三 | 616日 | 1998年 |
| 18 | 竹下登 | 576日 | 1987年 |
| 19 | 村山富市 | 561日 | 1994年 |
| 20 | 大平正芳 | 554日 | 1978年 |
| 21 | 野田佳彦 | 482日 | 2011年 |
| 22 | 菅直人 | 452日 | 2010年 |
| 23 | 森喜朗 | 387日 | 2000年 |
| 24 | 石破茂 | 386日 | 2024年 |
| 25 | 菅義偉 | 384日 | 2020年 |
| 26 | 福田康夫 | 365日 | 2007年 |
| 27 | 麻生太郎 | 358日 | 2008年 |
| 28 | 片山哲 | 292日 | 1947年 |
| 29 | 鳩山由紀夫 | 266日 | 2009年 |
| 30 | 細川護煕 | 263日 | 1993年 |
| 31 | 幣原喜重郎 | 226日 | 1945年 |
| 32 | 芦田均 | 220日 | 1948年 |
| 33 | 宇野宗佑 | 69日 | 1989年 |
| 34 | 石橋湛山 | 65日 | 1956年 |
| 35 | 羽田孜 | 64日 | 1994年 |
| 36 | 東久邇宮稔彦王 | 54日 | 1945年 |
首相官邸「歴代内閣」の在職日数・通算在職日数から当サイトで集計。複数回就任した首相は官邸の「通算在職日数」(重なる日を1日として数えたもの)を使用。戦後=1945年8月17日就任の第43代以降。現職の高市早苗首相は除く。
36人の在職日数の中央値は568.5日で、福田氏の365日はその6割余りにあたります。なお、現職の高市首相は第104代(121日)と第105代を合わせ、10月26日時点で通算371日(当サイト計算)となり、福田氏の365日をすでに上回っています。
2006〜2011年に就任した6人は全員が在職500日未満
福田内閣の前後は、首相が1年前後で交代した時期でした。官邸の在職日数で見ると、2006年に就任した第90代の安倍晋三氏(第1次)から2011年に就任した第95代の野田佳彦氏まで、6人続けて在職日数が500日を下回っています。
| 代 | 首相 | 在職期間 | 在職日数 |
|---|---|---|---|
| 第90代 | 安倍晋三 | 2006/09/26〜2007/09/26 | 366日 |
| 第91代 | 福田康夫 | 2007/09/26〜2008/09/24 | 365日 |
| 第92代 | 麻生太郎 | 2008/09/24〜2009/09/16 | 358日 |
| 第93代 | 鳩山由紀夫 | 2009/09/16〜2010/06/08 | 266日 |
| 第94代 | 菅直人 | 2010/06/08〜2011/09/02 | 452日 |
| 第95代 | 野田佳彦 | 2011/09/02〜2012/12/26 | 482日 |
首相官邸「歴代内閣」による。安倍氏は第96代以降に再び就任しており、通算では戦後最長の3,188日。
福田氏の就任前の2007年7月の参院選で自民党が大敗し、野党が参院の多数を占めていました(共同通信)。衆院と参院で多数派が異なる「ねじれ国会」は、この時期の政権運営を難しくした要因の一つと見られています。
憲政史上初の親子首相:父・福田赳夫氏と比べると
福田康夫氏の父は、第67代首相の福田赳夫氏です。親子2代で首相を務めたのは憲政史上初めてでした(共同通信、時事通信)。康夫氏は会社員を経て1977年12月から約1年間、赳夫氏の首相秘書官を務め、赳夫氏の後を継いで1990年の衆院選に旧群馬3区から53歳で初当選しました(読売新聞)。
| 項目 | 福田赳夫氏 | 福田康夫氏 |
|---|---|---|
| 代 | 第67代 | 第91代 |
| 在職期間 | 1976年12月24日〜1978年12月7日 | 2007年9月26日〜2008年9月24日 |
| 在職日数 | 714日(戦後15番目) | 365日(戦後26番目) |
| 就任時の年齢 | 71歳11か月 | 71歳2か月 |
| 出身地(官邸の表記) | 群馬県 | 群馬県 |
首相官邸「歴代内閣」の福田赳夫氏・福田康夫氏のページの生年月日・在職期間から当サイトで計算(官邸の「就任時年齢」はどちらも71歳)。
在職日数は父の714日に対して子は365日と約半分ですが、首相に就いた年齢はどちらも71歳でした。戦後の首相37人(現職を含む)の初めて首相に就任したときの年齢を高い順に並べると、次のとおりです。
| 順位 | 首相(初就任の年) | 初就任時の年齢 |
|---|---|---|
| 1 | 幣原喜重郎(1945年) | 73歳1か月 |
| 2 | 石橋湛山(1956年) | 72歳2か月 |
| 3 | 宮澤喜一(1991年) | 72歳0か月 |
| 4 | 福田赳夫(1976年) | 71歳11か月 |
| 5 | 鳩山一郎(1954年) | 71歳11か月 |
| 6 | 菅義偉(2020年) | 71歳9か月 |
| 7 | 福田康夫(2007年) | 71歳2か月 |
| 8 | 村山富市(1994年) | 70歳3か月 |
首相官邸「歴代内閣」の生年月日と就任日から当サイトで計算。2回目以降の就任は除く。
群馬県出身の首相は戦後4人で最多
官邸の「出身地」で戦後の首相37人を数えると、群馬県が4人(福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫の各氏)で最も多く、山口県と東京都が3人ずつで続きます。このうち2人が福田親子です。
ねじれ国会と首相問責決議:参議院の投票結果
福田内閣は、参院で野党が多数を占める「ねじれ国会」への対応に苦しみました。時事通信によると、2007年11月に民主党の小沢一郎代表(当時)と「大連立」を目指しましたが、民主党内の反発で実現しませんでした。読売新聞によると、2008年の通常国会では税制関連法案が参院で議決されず、ガソリン税に上乗せする暫定税率が一時途切れました。
2008年6月11日、参議院本会議で「内閣総理大臣福田康夫君問責決議案」が可決されました。参議院の「議案情報」によると、輿石東氏ほか20人が同日提出し、記名投票の多数で可決しています。「本会議投票結果」の会派別の内訳は次のとおりです。
| 会派 | 所属議員 | 賛成 | 反対 |
|---|---|---|---|
| 民主党・新緑風会・国民新・日本 | 120人 | 117 | 0 |
| 自由民主党・無所属の会 | 84人 | 0 | 82 |
| 公明党 | 21人 | 0 | 21 |
| 日本共産党 | 7人 | 7 | 0 |
| 社会民主党・護憲連合 | 5人 | 5 | 0 |
| 各派に属しない議員 | 5人 | 2 | 2 |
| 合計 | 242人 | 131 | 105 |
参議院「本会議投票結果」(第169回国会、2008年6月11日)による。会派名と所属議員数は当時のもの。所属議員の合計と投票総数(236)の差は、投票しなかった議員など。
群馬テレビは、これを「現憲法下で初の首相問責」と伝えています。問責決議には衆院の内閣不信任決議のような法的な効力はありません。福田氏はその後も続投しましたが、時事通信によると内閣支持率も低迷し、2008年9月に辞任しました。官邸の記録では、福田内閣の在職期間は9月24日までです。
問責決議とは
参議院が首相や閣僚の責任を問う決議です。可決されても辞職の義務はありませんが、国会審議の停滞につながることがあります。過去の可決例と、その後どうなったかは「問責決議案とは?」の記事でまとめています。
首相としての主な取り組み:洞爺湖サミット・消費者庁・公文書管理法
北海道洞爺湖サミットで議長
読売新聞によると、福田氏は2008年7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で議長を務め、温室効果ガスの削減目標をまとめました。時事通信は、地球温暖化への具体的対策を示した「福田ビジョン」を発表したほか、日米同盟の強化とアジア外交をともに重視する「共鳴外交」を掲げたと伝えています。
消費者庁の創設に道筋
消費者庁の創設を提言した「消費者行政推進基本計画」は、2008年(平成20年)6月に閣議決定されました(消費者庁「消費者庁発足以前の情報・発足経緯」)。読売新聞によると、消費者庁の創設は首相退任後に実現しました。
公文書管理法の制定
公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)は2009年7月1日に公布されました(平成21年法律第66号、e-Gov法令検索)。こちらも福田氏の首相退任後の成立です。テレビ朝日(ANN)によると、福田氏は2018年に森友問題で行政文書の改ざんなどが発覚した際、「公文書管理法」の生みの親として財務省を強く批判しました。
このほか時事通信は、道路特定財源の一般財源化を打ち出したことも挙げています。首相辞任の会見で記者の質問に答えた発言は、その年の新語・流行語大賞のトップ10に選ばれました(テレビ朝日)。
福田康夫元首相の歩み【年表】
- 1936年7月16日誕生首相官邸の記録による生年月日。
- 1977年12月〜父・赳夫首相の秘書官に会社員を経て、約1年間務めました(読売新聞)。
- 1990年衆院選で初当選(53歳)旧群馬3区から。以後、連続当選7回(時事通信)。
- 2000年10月官房長官として初入閣第2次森内閣で就任し、小泉内閣でも続投。在任1289日は歴代2位(時事通信)。
- 2007年9月26日第91代首相に就任第1次安倍内閣の退陣を受けた自民党総裁選に勝利。親子2代の首相は憲政史上初。
- 2007年11月「大連立」を模索民主党の小沢一郎代表(当時)と協議したが、民主党内の反発で実現せず(時事通信)。
- 2008年6月11日参院で首相問責決議が可決賛成131・反対105(参議院の投票結果)。
- 2008年7月北海道洞爺湖サミットで議長温室効果ガスの削減目標をまとめる(読売新聞)。
- 2008年9月24日在職365日で退任同年8月2日に内閣改造を行っていました(首相官邸)。
- 2012年衆院選に出馬せず政界引退時事通信による。
- 2014年7月極秘に訪中し習近平国家主席と会談読売新聞による。引退後も日中関係の改善に取り組みました。
- 2026年10月22日死去(90歳)心不全のため東京都の病院で。26日に明らかになりました(共同通信)。
首相官邸「歴代内閣」、参議院の投票結果、共同通信・時事通信・読売新聞の報道による。
福田康夫元首相の死去についてよくある質問
Q. 福田康夫元首相はいつ亡くなった?
A. 2026年10月22日に亡くなりました。90歳でした。死去は26日に明らかになりました(共同通信)。
Q. 福田康夫元首相の死因は?
A. 共同通信によると心不全で、東京都の病院で亡くなりました。
Q. 福田康夫氏の首相在任期間は何日?
A. 首相官邸の記録で2007年9月26日から2008年9月24日までの365日です。戦後の首相36人(現職を除く)の中で、通算在職日数は長い順に26番目でした。
Q. 親子で首相になったのは福田家だけ?
A. 父・福田赳夫氏(第67代)と康夫氏(第91代)の親子2代の首相は、憲政史上初めてでした(共同通信、時事通信)。
Q. 福田康夫氏の葬儀は?
A. 近親者のみの密葬で執り行われ、後日、本葬が開かれます(共同通信)。喪主は長男で衆院議員の福田達夫氏です。
Q. 首相問責決議はいつ可決された?
A. 2008年6月11日、参議院本会議で賛成131・反対105で可決されました(参議院の投票結果)。
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出典・参考資料
- 首相官邸「歴代内閣」(第43〜105代の各ページ。第91代 福田康夫、第67代 福田赳夫)
- 参議院「議案情報:内閣総理大臣福田康夫君問責決議案」「本会議投票結果(2008年6月11日)」
- e-Gov法令検索「公文書等の管理に関する法律」
- 消費者庁「消費者庁発足以前の情報・発足経緯」
- 共同通信「福田康夫元首相が死去、90歳 史上初の親子宰相、日中関係強化」(2026年10月26日、Yahoo!ニュース配信)
- 時事通信「福田康夫元首相が死去、90歳 洞爺湖サミットで議長、「ねじれ国会」問責可決 引退後も日中強化訴え」(2026年10月26日、Yahoo!ニュース配信)
- 読売新聞「「はまり役」だった官房長官、小泉首相に「王道ではない」「覇道だ」と直言…福田康夫氏死去」(2026年10月26日、Yahoo!ニュース配信)
- テレビ朝日(ANN)「福田康夫元総理(90)死去 憲政史上初 親子2代で総理に」(2026年10月26日、Yahoo!ニュース配信)
- 群馬テレビ「福田康夫元首相が死去 90歳」(2026年10月26日、Yahoo!ニュース配信)
- 写真:Wikimedia Commonsのフリーライセンス画像(トリミング・リサイズ・明るさ調整)


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