ドバイ建設の父ラーシドの4人の息子、残るはムハンマド首長ひとりに
2026年9月21日(月)朝、ドバイ首長ムハンマド・ビン・ラーシド氏の弟で、ドバイ警察・公安の副長官を務めたアハメド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下が76歳で亡くなりました。ドバイ首長府は同日から10日間の公式服喪を宣言しています。アラビア語と英語の追悼投稿が重なり、Xでは世界トレンドに入りました。どんな人物だったのか、マクトゥーム家の中での位置づけと、日本の競馬にもつながる馬主としての足跡を整理します。
2026年9月21日(日本時間)までの公式発表・報道をもとに作成
ラーシド前首長の四男・末っ子
9月21日〜30日
存命なのはムハンマド首長だけに
4,475戦・勝率13.7%
何が起きたのか:9月21日朝に死去、ドバイは10日間の服喪
ドバイ政府の広報機関ドバイ・メディア・オフィスは、現地時間9月21日(月)午前11時11分(日本時間16時11分)、Xでアハメド殿下の死去を発表しました。発表文によると、亡くなったのは同日朝で、首長府(The Court of His Highness Sheikh Mohammed bin Rashid Al Maktoum)は同日から10日間の公式服喪と、期間中の半旗掲揚を宣言しています。10日間を当日から数えると、服喪は9月30日(水)までです。
The Court of His Highness Sheikh Mohammed bin Rashid Al Maktoum, Vice President and Prime Minister of the UAE and Ruler of Dubai, mourns the passing of the late Sheikh Ahmed bin Rashid Al Maktoum this morning, Monday. The Court has declared a ten-day period of official mourning… pic.twitter.com/lJxaYxM7BX
— Dubai Media Office (@DXBMediaOffice) September 21, 2026
その約12分前には、兄のムハンマド首長(UAE副大統領兼首相)が自身のXにアラビア語で追悼文を投稿しました。「わが兄弟よ、神の慈悲がありますように。あなたは寛大にして偉大な主のもとに身を寄せた。あなたは私たちの目からは消えても、祈りと心からは消えない、アハメドよ」という趣旨の言葉です。続いて甥のハムダン・ドバイ皇太子、アブダビのムハンマド・ビン・ザーイドUAE大統領も弔意を表明しました。
رحم الله الشيخ أحمد بن راشد آل مكتوم..
رحمك الله يا أخي … حللت عند رب كريم عظيم .. تغيب عن أعيننا ولا تغيب عن دعائنا وقلوبنا يا أحمد.
أسكنك الله فسيح جنانه .. وألهمنا وأحبابك الصبر والسلوان.. وإنا لله وإنا إليه راجعون . pic.twitter.com/asvSZAb4BL
— HH Sheikh Mohammed (@HHShkMohd) September 21, 2026
・アハメド殿下はマクトゥーム家のどこに位置する人物か(兄弟4人の生没年を一覧化)
・警察・軍・サッカー・不動産・競馬で担った役割
・所有馬ワッスルが日本で種牡馬になり、日本の重賞勝ち馬を出していた事実
・10日間の服喪で何が変わるのか(発表文に書かれていること)
アハメド殿下とは誰か:マクトゥーム家の4兄弟の末っ子
アハメド殿下は、1958年から1990年までドバイを治め、小さな入り江の町を国際商業都市に作り替えたラーシド・ビン・サイード前首長(1912〜1990年)の息子です。ラーシド前首長には9人の子がおり、そのうち息子は4人。アハメド殿下はその四男で、いちばん下の息子でした。
4兄弟の生没年を並べると、今回の訃報の重みがわかります。長男マクトゥーム氏が2006年に、次男ハムダン氏が2021年に亡くなっており、今回の死去で、ラーシド前首長の息子のうち存命なのは三男のムハンマド首長(77歳)ただ一人になりました。
| 兄弟 | 生没年 | 没年齢 | 主な役職 |
|---|---|---|---|
| 長男 マクトゥーム | 1943年8月15日〜2006年1月4日 | 62歳 | ドバイ首長(1990〜2006年)・初代UAE首相 |
| 次男 ハムダン | 1945年12月25日〜2021年3月24日 | 75歳 | ドバイ副首長・UAE財務相。競馬のシャドウェル創設者 |
| 三男 ムハンマド | 1949年7月15日〜 | 存命・77歳 | 現ドバイ首長(2006年〜)・UAE副大統領兼首相。ゴドルフィン創設者 |
| 四男 アハメド | 1950年7月12日〜2026年9月21日 | 76歳 | ドバイ警察・公安副長官・アルワスル・スポーツクラブ会長・A.R.M.ホールディング会長 |
兄弟の死去の間隔も縮まっています。長男から次男までは15年2か月空きましたが、次男から四男までは5年6か月でした。1971年のUAE建国に立ち会った世代が、表舞台から一人ずつ去っていく流れの中にある訃報です。
アラビア語は「أحمد بن راشد آل مكتوم」。日本語では「アハメド」「アフマド」、「ラーシド」「ラシッド」、「アール・マクトゥーム」「アル・マクトゥーム」などの表記ゆれがあります。「ビン・ラーシド」は「ラーシドの息子」、「アール・マクトゥーム」は「マクトゥーム家」という意味です。
警察・軍・サッカー・不動産:ドバイで担った4つの役割
アハメド殿下の経歴は、兄たちのような首長・大臣の系統ではなく、治安と現場の組織づくりが中心でした。
- 軍英サンドハースト王立陸軍士官学校を卒業帰国後、ドバイの中央軍管区に入り、のちに総司令官に就任。同管区をUAE有数の軍事拠点に育てたとされます。
- 警察ドバイ警察・公安の副長官死去時点の肩書は「ドバイ警察・公安副長官(Deputy Chairman of Dubai Police and Public Security)」でした。
- スポーツアルワスル・スポーツクラブを約60年率いる1960年にザアビールで「アル・ザマレク」として生まれたクラブで、1962年に最初の理事会を組織。サッカーのアルワスルFCはUAEでも人気の強豪です。1988年にはドバイ国際マリンクラブの初代会長となり、パワーボートのヴィクトリー・チーム設立(1989年)にも関わりました。
- 不動産ドバイ不動産センター(1991年〜)とA.R.M.ホールディング3,200戸超の住宅・商業物件を管理するドバイ不動産センターを設立。ジュメイラの海岸通りで最初のショッピングモール「ビーチセンター」(1993年)、ドバイ初のゲート付き住宅地「パームスプリング・ヴィレッジ」(145戸)、デイラ地区の「ドバイ・クリーク・タワー」(1995年)などを手がけました。2019年に資産をA.R.M.ホールディングに統合しています。
馬主としての功績:ジュベル・アリ競馬場と名馬たち
マクトゥーム家の兄弟は、1980年代にイギリス競馬の勢力図を塗り替えた馬主一族として知られます。ムハンマド首長のゴドルフィン、ハムダン氏のシャドウェルが有名ですが、アハメド殿下も自分の勝負服で欧州・豪州の大レースを勝った馬主でした。
ドバイではジュベル・アリ競馬場をつくりました。調教師ドゥルバ・セルバラトナム氏とともにコースの設計を指定し、コースとスタンドは1990年に完成、1991年に最初の開催シーズンを迎えています。UAE競馬庁の記録では、馬主としての通算成績は4,475戦614勝、勝率13.7%です。
| 馬名 | 主な勝ち鞍 | ひとこと |
|---|---|---|
| ワッスル(Wassl) | 愛2000ギニー(1983年) | 馬名はアハメド殿下のクラブ「アルワスル」から。日本で種牡馬 |
| ムトト(Mtoto) | エクリプスS(1987・88年)、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(1988年) | 1987年のエクリプスSでダービー馬リファレンスポイントを破った代表馬 |
| アディーブ(Addeybb) | 英チャンピオンS(2020年)、豪クイーンエリザベスS(2020・21年) | 獲得賞金363万ポンド超。重馬場に強い晩成のせん馬 |
アイルランド2000ギニーを勝ったワッスルは、引退後アイルランドで種牡馬になり、1989年に日本へ輸出されました。1998年まで日本で種付けを続け、日本軽種馬協会の競走馬データベースJBISの産駒成績では、産駒メイショウアムールが1998年のブリーダーズゴールドカップ(ホッカイドウ競馬の重賞)を勝っています。ドバイの王族の馬主としての足跡は、日本の地方競馬の重賞にも残っていたことになります。
10日間の服喪で何が変わる?
首長府の発表文に書かれているのは、「10日間の公式服喪」と「期間中の半旗掲揚」の2点です。9月21日(日本時間)時点で、官公庁の休業や民間行事の中止といった措置は、この発表文には含まれていません。
・政府庁舎などで国旗が半旗になります。服喪中の公的行事は、個別に延期や縮小の告知が出る可能性があります
・予約済みのイベントやツアーは、主催者の公式発表を直前に確認してください
・なお現地の報道では、中東情勢に関連してドバイ・アブダビ空港の遅延・欠航情報も別に出ています。航空便は服喪とは別に運航状況を確認しておくのが安全です
よくある質問
Q. アハメド殿下はドバイ首長とどういう関係ですか?
A. 実の弟です。ドバイの前首長ラーシド・ビン・サイード氏の4人の息子のうち、アハメド殿下は四男(末っ子)、現首長のムハンマド氏は三男にあたります。生まれ年はムハンマド首長が1949年、アハメド殿下が1950年で、年齢差は約1歳でした。
Q. 亡くなった原因は公表されていますか?
A. 9月21日時点で、ドバイ・メディア・オフィスの発表文は「月曜日の朝に亡くなった」と伝えているだけで、死因には触れていません。
Q. ドバイの服喪はいつまでですか?
A. 9月21日(月)から10日間で、当日を1日目と数えると9月30日(水)までです。期間中は国旗が半旗になります。
Q. マクトゥーム家の兄弟で今も存命なのは誰ですか?
A. ラーシド前首長の息子4人のうち、存命なのは三男のムハンマド・ビン・ラーシド首長(1949年生まれ、77歳)だけです。長男マクトゥーム氏は2006年、次男ハムダン氏は2021年に亡くなっています。
Q. ドバイの王族はなぜ競馬に強いのですか?
A. ラーシド前首長の息子たちが1980年代にイギリスで大規模に馬を所有・生産し始め、ムハンマド首長のゴドルフィン、ハムダン氏のシャドウェルといった世界的な組織を育てたためです。アハメド殿下もジュベル・アリ競馬場をつくり、UAEのハンデキャップ制度などのルールづくりにも関わりました。
・ドバイ・メディア・オフィス(Dubai Media Office)公式Xの発表(2026年9月21日)原文
・ムハンマド・ビン・ラーシド首長 公式Xの追悼投稿(2026年9月21日)原文
・ムハンマド・ビン・ザーイドUAE大統領 公式Xの弔意(2026年9月21日)原文
・Khaleej Times「Who was Sheikh Ahmed bin Rashid Al Maktoum, the Dubai royal behind Jebel Ali Racecourse」(馬主成績の出典はUAE競馬庁、事業の出典は各社公式サイトと明記)記事
・JBIS-Search(日本軽種馬協会)Wassl(GB) 産駒成績データ
・兄弟の生没年、ワッスルの輸出年、ムトト・アディーブの勝ち鞍は各人物・競走馬の公開記録(英語版ウィキペディアの典拠付き記載)で照合
※没年齢と死去の間隔は生没年月日から当サイトが計算。服喪の最終日は発表日を1日目として数えています。


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