円の実力は1964年以来の低さ。実質実効為替レートで測る「円安の深さ」
ドル円は156円台。ただ「1ドル何円か」だけでは、円がどれだけ弱くなったのかは測れません。国際決済銀行(BIS)が公表する実質実効為替レートで見ると、2026年7月の円は61.99(2020年=100)。これを下回った月は、統計が始まった1964年の12か月しかありません。データを1964年まで遡って集計し、円の実力がどこまで落ちたのかを整理します。
実質実効為替レートとは?「円の実力」を測るものさし
ドル円は「円とドル」の1対1の関係でしかありません。ユーロに対して円高でもドルに対して円安なら、円全体が弱くなったのかどうかは分かりません。そこで使うのが実効為替レートです。
- 名目実効為替レート…主要な貿易相手国の通貨に対する円の値動きを、貿易額の大きさで重みづけして平均したもの。「円が全体としてどれだけ動いたか」を1つの数字にします。
- 実質実効為替レート…そこからさらに各国の物価の違いを差し引いたもの。同じ1万円で外国の商品をどれだけ買えるか、という購買力に近い指標になります。
数字は指数なので「円=62円」といった意味はありません。基準年(BISの狭域指数では2020年平均=100)と比べて高いか低いかを見ます。日本銀行も同じ考え方の指数を公表しており、実効為替レートは「円の総合的な実力」を見る標準的な物差しとして使われています。
円の実力はいまどこにいるのか|1964年からの全期間で検証
BISが公表する狭域(主要27通貨)ベースの実質実効為替レートを、統計開始の1964年1月から2026年7月まで751か月分すべて取得して並べたのが次のグラフです。

読み取れることは3つあります。
- ピークは1995年4月の179.53。1ドル=79円台をつけた超円高の時期で、いまの水準はその34.5%——つまり3分の1しかありません。
- 2026年7月の61.99を下回る月は、751か月のうち12回だけ。そのすべてが1964年(東京オリンピックの年)です。1964年12月以来、およそ62年ぶりの低水準ということになります。
- 下落は最近6年に集中している。2020年平均を100とすると、いまは62。この6年で4割近く落ちました。1970年代・80年代の円は、いまよりずっと「強かった」わけです。
主要国と比べると、沈んでいるのは円だけ
同じBISの指標で、主要通貨の2026年7月の水準を2020年平均と比べました。
| 通貨(国・地域) | 2026年7月 | 2020年平均比 |
|---|---|---|
| 英ポンド | 111.52 | +11.5% |
| ユーロ | 105.73 | +5.7% |
| 米ドル | 104.40 | +4.4% |
| スイスフラン | 100.73 | +0.7% |
| 韓国ウォン | 85.57 | −14.4% |
| 日本円 | 61.99 | −38.0% |
下がっているのは円と韓国ウォンだけで、円の落ち方はウォンの2倍以上です。「世界的なドル高だから円が安い」では説明がつきません。ユーロもポンドもドルに対して健闘しており、円だけが取り残されている構図が数字にはっきり出ています。
なぜ「実質」は「名目」よりさらに低いのか
同じ2026年7月、円の名目実効為替レートは67.41、実質は61.99でした。実質のほうが5ポイント以上低くなっています。これは物価の差が理由です。
実質実効為替レートは、名目の動きに「日本の物価が相手国の物価に比べてどう変わったか」を掛け合わせて計算します。2020年以降、日本の物価上昇率は主要な貿易相手国より低い状態が続きました。海外の物価が上がり日本の物価が相対的に据え置かれると、同じ為替レートでも「海外のものは高く、日本のものは安い」という状態が進みます。その分、実質は名目よりも弱く出るわけです。
実力の低下は、生活のどこに出るのか
1. 輸入コストは為替以上に重くなる
エネルギーや食料の多くを輸入に頼る日本では、円の実力低下がそのまま仕入れ値になります。ドル円が横ばいでも、他通貨に対して円が弱ければ、ユーロ建て・アジア通貨建ての輸入品は値上がりします。
2. 海外旅行と留学は「1995年の3倍」の負担感
実効ベースで見た購買力が1995年の3分の1ということは、同じ体験をするために必要な円の額がおおむね3倍になったということです。海外旅行が高くなったのは物価高だけの話ではありません。
3. 逆に、日本国内の価格は世界から見て割安になる
実力の低下は「日本で買う・泊まる・働く」を海外から見て安くします。訪日外国人の増加や、海外企業による日本の不動産・企業の買収が続く背景には、この円の弱さがあります。円の実力低下は、輸入する側には逆風、売る側には追い風という非対称な効き方をします。
円の実力は戻るのか|必要な条件は2つ
日銀の利上げ観測が強まると円は買い戻されますが、それだけで実効レートが元に戻るわけではありません。この指標を押し上げるには、次の2つが要ります。
- 条件1名目の円高(金利差の縮小)日米の政策金利差は現在2.625ポイント。日銀の利上げとFRBの利下げが重なれば名目実効は上がるが、過去2年の利上げ局面でも円安が続いた実績がある。
- 条件2日本の物価・賃金が相手国並みに伸びること実質を押し上げるのは物価差の解消。日本の物価と賃金が海外並みに上がって初めて、実効ベースの購買力は回復に向かう。時間のかかる話になる。
- 当面「戻る」より「止まる」が現実的2026年は1月の64.14から7月の61.99まで、じりじりと低下が続いている。2022〜2023年のような急落は止まったが、下げ止まった兆しもまだ見えない。
よくある質問
Q. 実質実効為替レートとは何ですか?
A. 主要な貿易相手国の通貨に対する円の動きを貿易額で重みづけして平均し、さらに各国の物価の違いを調整した指数です。「同じ円で外国のものをどれだけ買えるか」に近い、円の総合的な実力を測る指標です。BISや日本銀行が公表しています。
Q. 2026年の円の実質実効為替レートはどのくらいですか?
A. BISの狭域(27通貨)ベースで、2026年7月は61.99です(2020年平均=100)。2020年平均から38.0%低く、1995年4月のピーク179.53と比べると65.5%低い水準です。
Q. 「1964年以来の円安」というのは本当ですか?
A. この指標に関しては事実です。統計が始まった1964年1月から2026年7月までの751か月のうち、61.99を下回った月は12回しかなく、そのすべてが1964年です。つまり1964年12月以来、約62年ぶりの低さということになります。ただしドル円の名目レートで見れば、1ドル=360円の固定相場だった当時と単純比較はできません。
Q. ドル円が円高になれば実力も戻りますか?
A. 部分的には戻りますが、それだけでは足りません。実効レートはドル以外の通貨も含めた平均で、さらに物価差を調整しています。ドルに対してだけ円高になっても、ユーロやアジア通貨に対して弱ければ実効レートはあまり上がりません。
Q. 円の実力が低いと、個人には何が得ですか?
A. 外貨建て資産を持っている人、輸出企業の株を持っている人、インバウンド関連の仕事をしている人には追い風です。逆に、給与も資産も円だけという場合は、輸入品の値上がりを通じて負担が増えます。円の実力低下は「損得の分かれ方」を大きくする変化だと考えるのが実態に近いです。
データの出典と計算方法
本記事の実効為替レートは、国際決済銀行(BIS)が公表する実効為替レート統計(狭域=主要27通貨ベース、2020年平均=100)の月次データを用い、1964年1月〜2026年7月の全751か月を当ブログで集計しました。国際比較も同じ狭域ベースの同月値です。グラフはBIS統計から当ブログが作成しました。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任で行ってください。
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