SNS誹謗中傷の「開示請求」申立てが年間1万件超え
SNSなどで誹謗中傷を受けた人が投稿者を特定するために裁判所へ申し立てる「発信者情報開示命令」が、2025年に全国で1万件を超え、過去最多となったことが報じられました。制度開始からわずか3年で約18倍という急増ぶりです。この記事では、なぜ申立てがここまで増えたのか、開示請求の流れ・費用・期間、そして実際に誹謗中傷を受けたときにまずやるべきことを、初めての方にもわかりやすく解説します。
何が起きた?誹謗中傷の投稿者特定の申立てが過去最多に
2026年7月、SNSやネット掲示板で誹謗中傷を受けた被害者が、投稿者を特定するために裁判所へ申し立てる「発信者情報開示命令」の件数が2025年に全国で1万件を超え、過去最多を更新したことが報じられました。
司法統計によると、申立て件数の推移は次のとおりです。2022年10月に新しい手続きが始まってから、毎年ほぼ倍増ペースで増え続けていることがわかります。
| 年 | 申立て件数(全国) | 前年との比較 |
|---|---|---|
| 2022年(制度開始・10〜12月) | 554件 | ― |
| 2023年 | 3,755件 | 約6.8倍 |
| 2024年 | 6,274件 | 約1.7倍 |
| 2025年 | 1万件超(過去最多) | 約1.6倍 |
申立ての大半はIT企業の本社が集中する東京地方裁判所に集中しており、東京地裁は増え続ける申立てに対応するため、チェックリスト式の申立書式を導入するなど手続きの効率化を進めています(参考: 東京地方裁判所「発信者情報開示命令申立て」案内ページ)。総務省も2026年6月から、投稿者特定の手続きをさらに迅速化するための議論を始めています。
発信者情報開示命令とは?2022年の法改正で何が変わったのか
発信者情報開示命令とは、SNSや掲示板で権利を侵害する投稿(誹謗中傷・名誉毀損・プライバシー侵害など)をされた被害者が、裁判所を通じて投稿者の氏名・住所などの情報をSNS事業者やプロバイダーに開示させる手続きです。匿名アカウントによる中傷でも、この手続きを使えば「誰が書いたのか」を法的に特定できます。
この手続きが急増した最大の理由は、2022年10月施行の改正プロバイダ責任制限法で手続きが劇的に簡単になったことです。
改正前は「SNS事業者への裁判」と「通信プロバイダーへの裁判」という2回の裁判が必要で、投稿者の特定までに1年〜1年半かかるのが普通でした。改正後は1つの非訟手続き(裁判より簡易な手続き)にまとめて申し立てられるようになり、期間は約3ヶ月〜半年に短縮。時間とハードルが大幅に下がったことで、泣き寝入りしていた被害者が申立てに踏み切れるようになりました。
さらに2025年4月には、プロバイダ責任制限法を改称・強化した「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」が施行されました。X(旧Twitter)やInstagramなどの大規模SNS事業者には、①削除申出の窓口をわかりやすく整備する、②申出から原則7日以内に削除するかどうかを判断して申出者に通知する、③削除基準を公表する、といった義務が課されています(詳細: 総務省「情報流通プラットフォーム対処法」解説ページ)。「投稿の削除」と「投稿者の特定」の両面で、被害者を守る仕組みが整ってきているのです。
投稿者を特定するまでの流れ【4ステップ】
実際に開示請求で投稿者を特定するまでの流れは、大きく次の4ステップです。
- 証拠を保全する(スクリーンショット+URL)中傷投稿の画面を、投稿のURL・投稿日時・アカウント名が写る形で保存します。投稿が削除されると特定が難しくなるため、気づいた時点ですぐ保存するのが鉄則です。
- 裁判所に発信者情報開示命令を申し立てるSNS事業者を相手方として、裁判所に開示命令を申し立てます。あわせて、通信記録の消去を防ぐ「消去禁止命令」や、プロバイダー名を教えてもらう「提供命令」も同時に申し立てるのが一般的です。
- SNS事業者→プロバイダーの順に情報が開示されるまずSNS事業者からIPアドレスなどが開示され、そこから判明した通信プロバイダー(携帯キャリアや回線業者)に対して、契約者の氏名・住所の開示が命じられます。
- 損害賠償請求・刑事告訴を行う投稿者が特定できたら、慰謝料などの損害賠償請求(示談交渉・民事訴訟)や、悪質な場合は名誉毀損罪・侮辱罪での刑事告訴を検討します。
開示請求にかかる費用と期間の目安
開示請求は自分で行うことも制度上は可能ですが、法的な主張(権利侵害の明白性など)の組み立てが必要なため、実務上は弁護士に依頼するケースがほとんどです。費用と期間の一般的な目安は次のとおりです。
| 項目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 裁判所への申立て手数料 | 1件1,000円 | 印紙代。別途郵便切手代など |
| 弁護士費用(投稿者の特定まで) | 約20万〜50万円 | 事務所・投稿数により変動 |
| 損害賠償請求(特定後) | 着手金+成功報酬 | 回収額の10〜20%程度が相場 |
| 特定までの期間 | 約3〜6ヶ月 | 改正前は1年〜1年半 |
誹謗中傷の慰謝料の相場は数十万円程度にとどまることも多く、弁護士費用のほうが賠償額を上回る「費用倒れ」になる可能性があります。ただし近年は、開示請求にかかった調査費用の一部を投稿者に請求できると判断した裁判例もあります。金銭面だけでなく「中傷を止めさせる」「再発を防ぐ」という目的も含めて、依頼前に弁護士と見通しをよく相談しましょう。
誹謗中傷を受けたら、まずやるべき3つのこと
「いきなり弁護士に依頼」の前に、被害者自身ができることがあります。順番に整理します。
① 証拠を残す(削除依頼より先に)
前述のとおり、スクリーンショットとURLの保存が最優先です。削除依頼を先にしてしまうと、投稿が消えて証拠も特定の手がかりも失われることがあります。「保存してから削除申出」の順番を守りましょう。
② SNSの通報・削除申出機能を使う
各SNSには通報・削除申出の窓口があります。情プラ法の施行により、大手SNSは原則7日以内に削除の可否を判断して通知する義務を負ったため、以前より対応スピードは改善しています。まずは無料でできる削除申出を試す価値があります。
③ 公的な相談窓口を活用する
違法・有害情報相談センター(総務省支援事業):削除依頼の方法などを専門相談員がアドバイス/誹謗中傷ホットライン(セーファーインターネット協会):連絡を受けてSNS事業者へ削除要請/みんなの人権110番(法務局):人権侵害の相談、法務局による削除要請も/警察相談専用電話「#9110」:脅迫など犯罪性がある場合。命の危険を感じる場合は110番へ。各窓口の一覧は総務省「相談・通報窓口のご案内」ページにもまとまっています。
投稿する側も他人事ではない:侮辱罪の厳罰化と「開示通知」
開示請求の急増は、「軽い気持ちの投稿」が特定されるリスクが現実になったことも意味します。2022年7月には侮辱罪が厳罰化され、法定刑は「拘留または科料」から「1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」に引き上げられました。公訴時効も1年から3年に延び、投稿からかなり時間が経ってから責任を問われるケースもあります。
ある日突然、契約しているプロバイダーから「発信者情報開示に係る意見照会書」が届く――これが特定される側の入口です。届いた場合は放置せず、開示に同意するかどうかを含めて早めに弁護士に相談することをおすすめします。批判と中傷の線引きに迷ったら、「相手の人格を攻撃していないか」「事実の裏付けがあるか」を投稿前に見直すことが、いちばんの自衛策です。
よくある質問(FAQ)
Q. 匿名アカウントでも本当に特定できますか?
A. 特定できる可能性は十分あります。匿名アカウントでも、SNS事業者にはIPアドレスなどの通信記録が残っており、発信者情報開示命令を使えばそこから契約者の氏名・住所までたどれます。ただし、海外事業者への対応や通信記録の保存期間(数ヶ月程度で消えることが多い)の関係で、時間が経つほど特定は難しくなります。
Q. 開示請求の費用はどれくらいかかりますか?
A. 弁護士に依頼した場合、投稿者の特定までで20万〜50万円程度が一般的な目安です。裁判所に納める手数料自体は1件1,000円と安価ですが、法的主張の組み立てに専門知識が必要なため、弁護士費用が中心になります。特定後の損害賠償請求は別途費用がかかります。
Q. どんな投稿なら開示が認められますか?
A. 名誉毀損(社会的評価を下げる事実の摘示)、侮辱(「バカ」「消えろ」など人格攻撃)、プライバシー侵害、なりすましなど、権利侵害が明白な投稿です。単なる批判・感想・低評価レビューは、表現の自由の範囲内として開示が認められないことも多く、線引きの判断には専門家の助言が有効です。
Q. 誹謗中傷の投稿を今すぐ消してほしい場合はどうすればいいですか?
A. まず証拠を保存したうえで、SNSの削除申出窓口に申請しましょう。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法により、大手SNSは原則7日以内に削除の可否を判断・通知する義務があります。対応されない場合は、違法・有害情報相談センターや法務局の「みんなの人権110番」経由での削除要請、裁判所への削除仮処分という手段もあります。
まとめ:泣き寝入りしない選択肢が現実的になった
発信者情報開示命令の申立てが2025年に1万件を超えた背景には、2022年の法改正による手続きの簡素化と、「匿名でも特定できる」という認識の広がりがあります。ポイントを整理します。
- 2025年の開示命令申立ては全国で1万件超・過去最多。制度開始の2022年から約18倍に急増
- 改正で手続きが1回にまとまり、特定までの期間は1年以上→約3〜6ヶ月に短縮
- 2025年4月施行の情プラ法で、大手SNSに原則7日以内の削除判断・通知義務
- 被害に遭ったら「証拠保存→削除申出→無料相談窓口」の順で動く
- 投稿する側も侮辱罪厳罰化(1年以下の拘禁刑)で「軽い一言」のリスクが上昇
誹謗中傷は、受けた側の心を深く傷つける一方で、法制度の整備によって「泣き寝入りしない」ための道筋が着実に整ってきました。被害に遭ったときは一人で抱え込まず、この記事で紹介した窓口をぜひ活用してください。


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