国際・バチカン
教皇レオ14世、肺がん手術から2週間。南米訪問は予定どおり
ローマ教皇レオ14世は10月13日、ローマのジェメッリ病院で右肺の下葉を切除する手術を受けました。手術中の検査で「肺腺がん」と確認されましたが、教皇庁(バチカン)報道室は26日、病変は限局しており追加のがん治療は必要ないと発表。11月6〜17日のウルグアイ・アルゼンチン・ペルー訪問も、公表済みの日程どおり行うとしました。手術から回復までの経過と、12日間の公式プログラムを一次資料で整理しました。
この記事の結論
- 教皇は10月11日の正午の祈りで、肺に「小さく限局した結節」が見つかり手術を受けると自ら公表。13日に右肺下葉を切除し、手術中の病理検査で肺腺がんと確認されました(報道室)。
- 手術は約90分で合併症はなく、入院5日目の17日に退院。18日には正午の祈りに姿を見せ、21日には一般謁見も行いました。
- 報道室は26日、その後の検査で病変は限局しており追加の腫瘍治療は不要と発表。主治医は、南米訪問を妨げる医学的な理由はないとしています。
- 公式プログラムを数えると、12日間でミサ9回・演説や説教など35回・飛行機での移動12回(ヘリコプター2回は別)。ペルーだけでミサが4回あり、かつて司教を務めたチクラヨにも2泊します。
- 在位中の教皇の海外訪問としては6回目で、日数(12日間)はこれまでで最も長い旅になります(vatican.vaの訪問一覧から集計)。

教皇レオ14世の肺がん手術、何があった?公表から回復までの経過
教皇庁報道室によると、レオ14世は10月13日の午後、ローマのアゴスティーノ・ジェメッリ大学病院で胸部の手術を受けました。報道室が出した主治医の声明では、根治をめざすため、右肺の下葉を胸腔鏡(ビデオ補助)を使った方法で切除し、手術中の組織検査で、術前の検査から疑われていた肺腺がんの診断が確定したとしています。
手術室にいたのは約3時間で、手術そのものは約90分。手術は成功し、合併症はありませんでした。執刀したのは同病院のステファノ・マルガリトーラ教授が率いるチームです。
- 10月11日(日)正午の祈りで自ら公表「最近の検査で、肺に小さく限局した結節が見つかった。非常に早い段階で見つかった」と述べ、医師の助言に従って切除手術を受けると話しました。
- 10月12日(月)謁見をすべて中止教皇公邸管理部が、入院のため20日(火)までの謁見をすべて取りやめると発表。この日の午前の謁見は予定どおり行いました(Vatican News)。
- 10月13日(火)入院・手術13時7分にジェメッリ病院に到着(Vatican News)。午後に右肺の下葉を胸腔鏡を使った方法で切除し、手術中の病理検査で肺腺がんと確認されました。
- 10月14日(水)術後の経過は順調血液検査と胸部エックス線の結果は想定の範囲内で、呼吸のリハビリを受け、病室内を歩き始めたと主治医が発表しました(Vatican News)。
- 10月17日(土)入院5日目で退院午前の検査で退院できると判断され、午後にバチカンへ戻りました。
- 10月18日(日)正午の祈りに復帰病院の医師や看護師に感謝を述べ、「病気や体の弱さを抱えて生きる人々を身近に感じた」と話しました。
- 10月21日(水)一般謁見を再開サン・ピエトロ広場で一般謁見を行い、冒頭で祈りへの感謝を述べました。
- 10月26日(月)回復と訪問実施を発表報道室が、病変は限局しており追加の腫瘍治療は不要と発表。南米訪問は公表済みのプログラムどおり行うとしました。
日付は現地(ローマ)時間。教皇庁報道室の発表とVatican Newsの記事から作成。
「肺がん」と分かったのはいつ?
11日の時点で教皇が話したのは「結節(しこり)」で、がんかどうかには触れていませんでした。「肺腺がん」という診断名が公表されたのは、13日の手術後の声明が最初です。BBCは26日、検査でがんが「限局していた」と伝えています。
南米訪問はなぜ予定どおり?教皇庁と主治医の説明
報道室は手術から2週間となる10月26日、回復は医療チームの見立てどおりに進んでいると発表しました。ポイントは次の3つです。
- 追加のがん治療は不要:その後の検査で病変は限局していることが確認され、これ以上の腫瘍治療は必要ないとしています。
- 公務は少しずつ再開:バチカンに戻ってから、医師と相談して1日の予定を調整し、回復を優先しながら公務を続けているといいます。
- 旅行を妨げる理由はない:教皇の主治医ルイジ・カルボーネ医師は、現在の状態と検査の結果から、予定どおり中南米を訪問することを妨げる医学的な理由はないと説明しました。
そのうえで報道室は、11月6〜17日のウルグアイ・アルゼンチン・ペルー訪問を「先に公表したプログラムどおり」行うと確認しました。教皇自身も「人生の多くの時間を過ごした大陸に戻るのを楽しみにしている」という言葉を寄せています。
取りやめた予定もある
BBCによると、バチカンは23日(金)、教皇が医師の勧めで27日のアッシジ訪問を取りやめると発表しました。27日はアッシジで、1986年にヨハネ・パウロ2世が呼びかけた諸宗教の平和の祈りから40年の集いが開かれる日で、教皇は25日の正午の祈りで、この集いに「心を合わせよう」と呼びかけていました。
分かっていること・分かっていないこと
教皇庁が公表しているのは、手術の方法、肺腺がんという診断、病変が限局していたこと、追加の治療が要らないことまでです。がんの大きさや病期(ステージ)の詳しい分類、今後の検査の予定などは、10月27日時点で公表されていません。この記事では、発表されていない病状については推測しません。
教皇レオ14世の南米訪問の日程は?公式プログラム12日間
教皇庁は8月5日に訪問を発表し、9月21日に詳しいプログラムを公表しました。訪問先はウルグアイ(モンテビデオ、パイサンドゥ、フロリダ)を6〜8日、アルゼンチン(ブエノスアイレス、コルドバ、ルハン)を8〜11日、ペルー(リマ、チクラヨ、クスコ、プカルパ)を11〜17日の10都市です。報道室の26日の発表は、このプログラムを変えずに実施するというものです。
| 日付 | 移動 | 主な行事 |
|---|---|---|
| 11月6日(金) | ローマ→モンテビデオ(ウルグアイ) | ローマ7:00発・モンテビデオ16:30着。独立広場で歓迎式典、各界代表との会見(演説)、大統領訪問、大聖堂で聖職者らとの晩課 |
| 11月7日(土) | モンテビデオ→パイサンドゥ→モンテビデオ | パイサンドゥの公園でミサ。モンテビデオに戻り、カサバジェ地区の住民、カトリック大学の教育関係者と面会、センテナリオ競技場で祈りの集い |
| 11月8日(日) | モンテビデオ→フロリダ→ブエノスアイレス | フロリダの「33人の聖母」国立巡礼所前でミサ。午後にアルゼンチンへ移り、サン・マルティン将軍の記念碑訪問、大統領府(カサ・ロサダ)で歓迎式典 |
| 11月9日(月) | ブエノスアイレス(クレイポール) | クレイポールにあるドン・オリオーネ会の施設「小さなコットレンゴ」で職員と入所者を訪問、ミサ、カトリック大学で働く人々との集い、諸宗教の代表との会見 |
| 11月10日(火) | ブエノスアイレス→コルドバ→ブエノスアイレス | コルドバの軍航空学校の敷地でミサ、大聖堂で聖職者らと会見。夜はブエノスアイレスで若者の集い |
| 11月11日(水) | ブエノスアイレス→ルハン→リマ(ペルー) | 連邦刑務所を訪問、ルハンの聖母大聖堂前でミサ。午後にペルーへ移り、大統領府で歓迎式典、国立大劇場で各界代表と会見 |
| 11月12日(木) | リマ | ペルーの司教団と会見、大聖堂で聖職者らと祈り、大聖堂前で「ペルーの人々の課題と希望」の集い、国立競技場で若者・大学生との祈りの集い |
| 11月13日(金) | リマ→チクラヨ→ピメンテル→チクラヨ | かつて司教を務めたチクラヨへ。ピメンテルでミサ、聖トリビオ・デ・モグロベホ・カトリック大学で大学関係者と面会 |
| 11月14日(土) | チクラヨ→サンタクルス・デ・スチャバンバ→サニャ→チクラヨ | チクラヨの聖マリア大聖堂で聖母の戴冠式。ヘリコプターでサンタクルス・デ・スチャバンバへ移りミサ。夕方は聖トリビオの聖年閉幕の祈り |
| 11月15日(日) | チクラヨ→クスコ→プカルパ→リマ | クスコのサクサイワマン遺跡公園で信徒と会見、大聖堂前で正午の祈り(お告げの祈り)。アマゾン地方のプカルパで宣教師・先住民の代表と会見、ミサ |
| 11月16日(月) | リマ(カヤオ)→ローマ | 身寄りのない高齢者の施設を訪問、ラス・パルマス空軍基地でミサ。13:45にローマへ出発 |
| 11月17日(火) | ローマ着 | ローマ・フィウミチーノ空港に10:25着 |
教皇庁報道室「訪問のプログラム」(2026年9月21日)を当サイトで要約・翻訳。時刻は現地時間。
公式プログラムを数えてみると
プログラムに書かれた行事を数えると、12日間でミサは9回、教皇が話す場面は演説16回・説教13回・あいさつ6回の計35回でした(正午の祈りの言葉は除く)。都市間の移動は飛行機が12回、ヘリコプターが2回です。手術を受けたばかりの教皇にとっては、かなり密度の高い日程と言えます。
| 訪問国 | 滞在日(11月) | ミサ | カトリック信者の割合(Pew) |
|---|---|---|---|
| ウルグアイ | 6〜8日 | 2回 | 42% |
| アルゼンチン | 8〜11日 | 3回 | 71% |
| ペルー | 11〜16日 | 4回 | 76% |
滞在日・ミサの回数は公式プログラムから当サイトで集計(8日のミサはウルグアイのフロリダ、11日のミサはアルゼンチンのルハン)。カトリック信者の割合はPew Research Centerの2013〜14年の調査(成人)。
ペルーは11日夕方から16日昼までの滞在で、ミサの4回は3か国で最多です。13日と14日はチクラヨに滞在し、14日には教皇がかつて司教を務めた教区の聖マリア大聖堂で聖母の戴冠式を行います。
日本時間ではいつ?
ローマ出発は6日7時(日本時間6日15時)、モンテビデオ到着は6日16時半(日本時間7日4時半)です。ウルグアイとアルゼンチンは日本より12時間、ペルーは14時間遅れています。ローマ帰着は17日10時25分(日本時間17日18時25分)の予定です。
報道の日付に注意
BBCの記事(10月26日)には「8日にウルグアイから始まる」「アルゼンチンは11〜17日」という記述がありますが、教皇庁の発表ではウルグアイが6〜8日、アルゼンチンが8〜11日、ペルーが11〜17日です。この記事は教皇庁の公式プログラムに合わせています。
レオ14世の海外訪問で最長の12日間、これまでの6回を比較
2025年5月に選出されたレオ14世の「使徒的訪問(海外への公式訪問)」を、バチカンの公式サイト(vatican.va)の訪問一覧から数えると、今回の南米訪問は6回目です。日数で比べると、2026年4月のアフリカ4か国(11日間)を上回り、在位中で最も長い旅になります。
| 時期 | 訪問先 | 日数 |
|---|---|---|
| 2025年11〜12月 | トルコ・レバノン(2か国) | 6日間 |
| 2026年3月 | モナコ(1か国) | 1日間 |
| 2026年4月 | アルジェリア・カメルーン・アンゴラ・赤道ギニア(4か国) | 11日間 |
| 2026年6月 | スペイン(1か国) | 7日間 |
| 2026年9月 | フランス(ユネスコ本部訪問を含む)(1か国) | 4日間 |
| 2026年11月 | ウルグアイ・アルゼンチン・ペルー(3か国) | 12日間 |
vatican.vaの「Travels」一覧のうち「Apostolic Journey」と記載された訪問を当サイトで集計。日数は出発日と帰着日を含む。イタリア国内やサンマリノへの日帰りの「司牧訪問」は含めていません。
今回は手術から約3週間半後の出発で、時差は最大14時間、南半球の移動を含む長旅です。主治医のカルボーネ医師は、教皇が「医師の勧めを非常に注意深く守っている」と説明しています。
ペルーとレオ14世のつながり
BBCによると、教皇は1985年に宣教師としてペルーに派遣され、ピウラ県チュルカナス、翌年からトルヒーヨで活動し、約30年にわたりアメリカとペルーを行き来しました。チクラヨには数年間住み、ペルー国籍も持っています。10月11日の正午の祈りでも、ローマに住むペルーの信徒団体に「ペルーへの訪問のための祈り」への感謝を述べていました。
訪問3か国のカトリック信者はどれくらい?Pew調査で比較
米国の調査機関Pew Research Centerが2013年10月〜2014年2月に中南米18か国とプエルトリコで行った対面調査(3万人超)では、成人のうち現在カトリックと答えた人は、ペルーが76%、アルゼンチンが71%、ウルグアイが42%でした。19の国・地域の中で、ペルーは6番目、アルゼンチンは8番目、ウルグアイは最も低い19番目です。
| 国 | カトリックとして育った | 現在カトリック | 差(ポイント) |
|---|---|---|---|
| ウルグアイ | 64% | 42% | -22 |
| アルゼンチン | 86% | 71% | -15 |
| ペルー | 90% | 76% | -14 |
Pew Research Center「Religion in Latin America」(2014年11月)の表から作成。成人に占める割合。
ウルグアイは中南米でも特に世俗化が進んだ国で、Pewの同じ調査では「特定の宗教を持たない」人が37%と、カトリック(42%)に迫っています。一方で、3か国とも「カトリックとして育った」人の割合からは14〜22ポイント減っています。今回の訪問で若者や大学関係者との集いが多く組まれているのは、こうした背景とも重なります。
数字の読み方
Pewの数字は10年以上前の世論調査で、教会の名簿にもとづく信者数とは定義が違います。BBCはペルーについて「人口の約76%がカトリック」と伝えており、Pewの数字と一致しています。
歴代教皇の在位中の手術・入院は?ジェメッリ病院の記録
ジェメッリ病院は、歴代教皇が入院してきたローマのカトリック系大学病院です。AP通信が2025年3月に同病院の記録をもとにまとめた一覧と、教皇庁の発表から、在位中の入院を並べました。
| 教皇 | 入院 | 期間 | 理由 |
|---|---|---|---|
| ヨハネ・パウロ2世 | 1981年5月13日〜 | 20日 | サン・ピエトロ広場で銃撃され、腹部と手を負傷 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 1981年6月20日〜 | 55日 | 小手術を受け、サイトメガロウイルス感染症の治療(在位中最長の入院) |
| ヨハネ・パウロ2世 | 1992年7月15日〜 | 14日 | 大腸の大きな良性ポリープの緊急切除 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 1993年11月11日〜 | 1日 | 転倒による肩の脱臼の手術 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 1994年4月29日〜 | 28日 | 転倒による大腿骨骨折で股関節の手術 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 1996年10月8日〜 | 5日 | 虫垂の切除 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 2005年2月1日〜 | 10日 | インフルエンザから急性喉頭気管炎、呼吸不全 |
| ヨハネ・パウロ2世 | 2005年2月24日〜 | 18日 | 気管切開。退院後の4月2日に84歳で死去 |
| フランシスコ | 2021年7月4日〜 | 10日 | S状結腸の憩室による狭窄の手術(報道室) |
| フランシスコ | 2023年3月29日〜 | 3日 | 肺炎(AP) |
| フランシスコ | 2023年6月7日〜 | 9日 | 腹部の手術(癒着した組織の除去と腹壁ヘルニアの修復) |
| フランシスコ | 2025年2月14日〜 | 38日 | 両肺の肺炎。退院は3月23日(Vatican News) |
| レオ14世 | 2026年10月13日〜 | 5日目に退院 | 右肺下葉の切除、肺腺がん(報道室) |
ヨハネ・パウロ2世の各入院と、フランシスコの2023年の2回はAP通信(ジェメッリ病院の記録)による日数。1993年7月の数時間の検査は除外。フランシスコの2021年は教皇庁報道室・Vatican News、2025年はVatican Newsの「38日間」の表記。
入院日数を合計すると
| 教皇 | 入院の回数 | 期間の合計 |
|---|---|---|
| ヨハネ・パウロ2世(1978〜2005年) | 8回 | 151日 |
| ベネディクト16世(2005〜2013年) | 0回 | 0日 |
| フランシスコ(2013〜2025年) | 4回 | 60日 |
上の一覧の日数を当サイトで合計。ベネディクト16世はAP通信が「教皇としてジェメッリ病院に入院したことはない」と伝えたもの。
ヨハネ・パウロ2世は在位27年で8回、合計151日入院し、病院を「第3のバチカン」と呼んだといいます(AP)。フランシスコは在位12年で4回、合計60日でした。レオ14世の今回の入院は、2025年5月の選出から約1年5か月でのことでした。病院の10階には教皇用の病室があり、今回レオ14世もこの階に入院しました。
肺腺がんとは?日本の統計でみる肺がん
国立がん研究センターの「がん情報サービス」によると、肺がんは組織の種類で大きく分かれ、腺がんは非小細胞肺がんの一つで、女性や喫煙しない人にも多いタイプです。右の肺は上葉・中葉・下葉の3つに分かれていて、今回教皇が切除したのはこのうち下葉です。
| 日本の肺がんの統計 | 数字 | 対象 |
|---|---|---|
| 新たに診断された数 | 123,989例 | 2023年 |
| 死亡数 | 75,569人 | 2024年 |
| 5年相対生存率(全体) | 39.3% | 2018年診断例 |
| 5年相対生存率(限局) | 81.1% | 2018年診断例 |
| 5年相対生存率(遠隔転移) | 11.7% | 2018年診断例 |
国立がん研究センター がん情報サービス「がん種別統計情報 肺」から作成。「限局」はがんが発生した臓器にとどまっている段階。
日本の統計では、がんが肺にとどまっている「限局」の段階で見つかった場合の5年相対生存率は81.1%で、遠くの臓器に転移している場合(11.7%)と大きな差があります。早く見つけることの大切さが分かる数字です。
この統計は教皇の見通しを示すものではありません
ここで紹介したのは日本の患者全体の統計で、治療法や年齢、体の状態はさまざまです。教皇個人の今後を予測するものではありません。せきや痰が長く続く、血痰が出るなど気になる症状があれば、早めに医療機関を受診してください。
教皇レオ14世の今後の予定は?11月の注目点
報道室が10月27日に公表した11〜12月の典礼の日程では、南米訪問の前後にも教皇が司式する行事が入っています。
- 11月2日:死者の日。ローマのヴェラーノ墓地でミサ(16時)
- 11月5日:この1年に亡くなった枢機卿・司教のためのミサ(サン・ピエトロ大聖堂、9時)
- 11月6〜17日:ウルグアイ・アルゼンチン・ペルー訪問
- 11月18日:サン・ピエトロ大聖堂の献堂400年の記念ミサ(17時)
帰国の翌日に大きな記念ミサが控えているため、移動の疲れを含めた体調がどう管理されるかも注目点です。訪問中の体調や日程の変更について新しい発表があれば追記します。
教皇レオ14世の手術と南米訪問についてよくある質問
Q. 教皇レオ14世はいつ肺の手術を受けた?
A. 2026年10月13日(火)の午後、ローマのジェメッリ病院で受けました。右肺の下葉を胸腔鏡を使った方法で切除し、手術そのものは約90分、合併症はありませんでした(教皇庁報道室)。17日に退院しています。
Q. 教皇の病気は肺がんですか?
A. はい。報道室が出した主治医の声明で、手術中の組織検査により「肺腺がん」の診断が確定したと発表されました。26日には、病変は限局しており追加の腫瘍治療は必要ないと発表されています。
Q. 南米訪問の日程は?
A. ウルグアイが11月6〜8日、アルゼンチンが8〜11日、ペルーが11〜17日(16日に出国し17日ローマ着)です。モンテビデオ、ブエノスアイレス、リマ、教皇がかつて司教を務めたチクラヨなど10都市を回ります(教皇庁の公式プログラム)。
Q. なぜ手術の後でも南米訪問ができるの?
A. 主治医が、現在の状態と検査の結果から、予定どおり訪問することを妨げる医学的な理由はないと判断したためです。教皇は医師と相談しながら公務の量を調整しています。ただし27日のアッシジ訪問は、医師の勧めで取りやめたとBBCが伝えています。
Q. これまでの教皇も在位中に手術を受けた?
A. はい。ヨハネ・パウロ2世は1981年の銃撃事件や1992年の大腸のポリープ切除などで在位中に8回入院し、フランシスコも2021年の大腸の手術、2023年の腹部の手術などを受けています。いずれもレオ14世と同じジェメッリ病院です(AP通信、教皇庁)。
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出典・参考資料
- 教皇庁報道室「Holy See Press Office Press Release」(2026年10月13日、手術の発表)、「Holy See Press Office Press Release」(10月26日、回復と訪問実施)、「退院の発表」(10月17日)
- 教皇庁報道室「Apostolic Journey to Uruguay, Argentina and Peru – Programme」(2026年9月21日)、「訪問の発表」(8月5日)、「11〜12月の典礼日程」(10月27日)
- 教皇庁報道室「10月11日のお告げの祈りでの教皇の言葉」、ほか10月12日・18日・21日・25日の発表
- vatican.va「Leo XIV – Travels」(2025年・2026年の訪問一覧)
- Vatican News「Pope Leo XIV admitted to Gemelli Hospital ahead of surgery」ほか2026年10月の記事、「Pope Francis to be discharged from hospital on Sunday」(2025年3月)
- 教皇庁報道室「2021年7月4日 フランシスコ教皇の手術に関する発表」
- Pew Research Center「Religion in Latin America」(2014年11月13日)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がん種別統計情報 肺」「肺がんについて」
- AP通信「John Paul II's hospital stays at Gemelli were much longer than Pope Francis' so far」(2025年3月4日、Yahoo!ニュース配信版)
- BBC News「Pope's South American trip to go ahead as planned after lung cancer surgery」(2026年10月26日、英国時間)
- 写真:Wikimedia Commonsのフリーライセンス画像(リサイズ)。アイキャッチは2025年5月12日のレオ14世(Edgar Beltrán, The Pillar、CC BY-SA 4.0、トリミング・明るさ調整・文字入れ)


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