深海のアイドルとして水族館でも人気のメンダコ。頭の左右に生えた耳のようなヒレをパタパタと羽ばたかせて漂う姿は、一度見たら忘れられません。しかしこの愛らしい見た目の裏には、光の届かない海の底で生き抜くために「多くを捨てた」タコの合理的な進化が隠れています。この記事では、メンダコがなぜ墨を吐けないのか、なぜあの平たい体をしているのか、そして超深海に暮らす近縁のダンボオクトパスとの違いまで、生態と最新の知見をわかりやすく解説します。
省エネ遊泳
水圧を受け流す
墨を吐けない
「引き算」の進化
メンダコとはどんな深海生物か
メンダコ(Opisthoteuthis depressa)は、有触毛(ゆうしょくもう)タコ類と呼ばれる仲間に属する深海性のタコです。日本では相模湾から東シナ海にかけての海域に分布し、水深およそ100〜400メートルの泥や砂の海底付近で暮らしています。体の幅は15〜20センチほどで、円盤のように平たく、傘を広げたようなシルエットをしています。
私たちがイメージする一般的なタコとは、見た目も暮らし方もずいぶん違います。8本の腕は腕間膜(わんかんまく)と呼ばれる薄い膜でつながって傘のような形になり、吸盤は普通のタコの2列に対して1列だけ。さらに腕の側面には触毛と呼ばれる細い突起が並んでいます。海底を活発に這い回るのではなく、暗く冷たい水の中をゆったりと漂うのが、メンダコの基本的なスタイルです。
「メンダコ」という名前は、平たく丸い姿を「面(お面)」に見立てたものだとする説が広く知られています。その独特のフォルムが、そのまま名前になった深海生物なのです。
耳のようなヒレはなぜあるのか
メンダコ最大のチャームポイントは、頭の左右から突き出した耳のようなヒレです。この形が、ディズニーの空飛ぶ子ゾウ「ダンボ」の大きな耳を連想させることから、メンダコの仲間は英語圏で「ダンボ・オクトパス(Dumbo octopus)」の愛称で親しまれています。
このヒレは、ただ可愛いだけの飾りではありません。メンダコはこのヒレをゆっくりと羽ばたかせ、腕間膜を開いたり閉じたりすることで水中を移動します。多くのタコが水を勢いよく噴き出すジェット推進で泳ぐのに対し、メンダコはヒレによる遊泳を主な移動手段にしているのです。これは、餌が乏しく冷たい深海で、エネルギーを無駄づかいせずに漂うための省エネな移動法だと考えられています。
メンダコが平たくゼリーのような体をしている理由
メンダコの体はぶよぶよと柔らかく、水分をたっぷり含んだゼリーのような質感をしています。これも深海という過酷な環境への適応です。
水深数百メートルの深海では、水圧が地上の何十倍にもなります。硬く筋肉質な体では、この圧力に押しつぶされたり内部との圧力差でダメージを受けたりしやすくなります。そこでメンダコは筋肉を極力減らし、体を水っぽく柔らかくすることで、外からの水圧をうまく受け流していると考えられています。速く泳ぐ力や強い握力は失われますが、深海でじっと漂って暮らすメンダコにとって、それらはそもそも必要のない能力なのです。
「強い体」ではなく「圧力に逆らわない体」を選ぶ——これは、活動を極限まで抑えて何年も飢えに耐えるダイオウグソクムシの省エネ戦略とも共通する、深海生物ならではの生き方だといえるでしょう。
メンダコはなぜ墨を吐けないのか
タコといえば、敵に襲われたときに墨を吐いて煙幕を張り、その隙に逃げる——という姿を思い浮かべる人が多いはずです。ところがメンダコは墨を吐けません。墨を作って溜めておく墨袋が退化しているためです。
その理由は、メンダコが暮らす環境にあります。光がまったく届かない深海では、墨で視界を奪う煙幕はほとんど意味を持ちません。真っ暗な世界では、相手も自分もそもそも姿が見えていないからです。加えて、深海はエサだけでなく捕食者も少ない世界です。墨という「逃走用の装備」を維持するコストに見合うだけの出番がなくなった結果、長い進化の中でその機能が失われていったと考えられています。
使わない機能を思い切って手放す——メンダコの体は、深海という環境に合わせて「引き算」で最適化されてきたことがよくわかります。
何を食べている?メンダコの捕食スタイル
メンダコは、海底付近に暮らす小型の甲殻類や多毛類(ゴカイの仲間)、小さな貝類などを主なエサにしています。俊敏に獲物を追いかけるのではなく、傘のように広げた腕間膜で獲物をふわりと包み込み、腕の内側に並ぶ吸盤や触毛を使って口元まで運ぶという、ゆったりとした捕食スタイルをとります。
海底の泥の中に潜む小さな生き物を、腕でそっとすくい取るように食べる——派手さはありませんが、餌の少ない深海で確実に栄養を得るための、理にかなった食事の仕方です。
メンダコと「世界一深いタコ」ダンボオクトパスの違い
英名が同じ「ダンボ・オクトパス」で混同されがちですが、日本近海のメンダコ(Opisthoteuthis)と、世界で最も深い場所に棲むタコとして知られるグリンポテウティス属(Grimpoteuthis)は、近縁ではあるものの別のグループです。
| メンダコ (Opisthoteuthis) |
ダンボオクトパス (Grimpoteuthis) |
|
|---|---|---|
| 主な生息域 | 日本近海(相模湾〜東シナ海) | 世界の深海に広く分布 |
| 生息する深さ | 水深 100〜400m 前後 | 水深 3,000〜4,000m(記録は約7,000m) |
| 共通点 | 耳のようなヒレを持ち、ヒレで泳ぐ。近縁のグループ。 | |
日本のメンダコが水深100〜400メートル前後に暮らすのに対し、グリンポテウティス属は水深3,000〜4,000メートルという桁違いの深海に生息します。2020年には、水深およそ7,000メートル近い超深海(ハダルゾーン)で撮影された記録もあり、「世界で最も深いところに棲むタコ」として報告されました。同じ「ダンボ」でも、暮らす深さはまるで違うのです。
なお、日本近海には狭い意味でのメンダコのほかに、センベイダコ(Opisthoteuthis japonica)やオオメンダコ(Opisthoteuthis californiana)など複数の仲間が知られています。オオメンダコは体の幅が30センチを超える大型種で、メンダコよりも深い海に分布します。
なぜ水族館で長く飼うのが難しいのか
「深海のアイドル」として大人気のメンダコですが、水族館で長期間飼育するのは非常に難しいことで知られています。低水温・高水圧という深海の環境を水槽で再現するのが難しいうえ、ゼリーのように繊細な体は、網ですくったり水面に近づけたりするだけでも傷んでしまうためです。
国内の水族館でも展示が実現するとニュースになるほどで、連続展示記録は数十日程度にとどまるのが実情です。私たちがメンダコの愛らしい姿を目にできるのは、それだけ貴重で幸運な機会だといえます。だからこそ、メンダコの生態にはいまだ解明されていない部分が多く残されているのです。
まとめ:メンダコは「引き算」で深海を生き抜くタコ
メンダコの生態を、あらためて整理します。
- ✅耳のようなヒレを羽ばたかせて泳ぎ、ジェット推進に頼らない省エネな移動をする。
- ✅筋肉を減らし水っぽく柔らかい体にすることで、深海の水圧を受け流している。
- ✅暗黒の深海では役に立たないため、墨袋が退化して墨を吐けない。
- ✅腕間膜で獲物を包み込み、小型の甲殻類や多毛類をゆったり捕食する。
- ✅日本のメンダコは水深100〜400メートル、近縁のダンボオクトパスは超深海と、暮らす深さが異なる。
私たちはつい、生き物の「すごさ」を速さや強さで測ってしまいます。しかしメンダコが見せてくれるのは、いらないものを手放し、環境に逆らわないことで生き延びるという、まったく別の合理性です。あの愛らしい姿は、光の届かない海の底で気の遠くなる時間をかけて磨かれた、深海生物ならではの答えなのです。
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よくある質問(FAQ)
Q. メンダコはなぜ墨を吐けないのですか?
墨を作って溜める墨袋が退化しているためです。メンダコが暮らす深海は光がまったく届かないため、墨で視界を奪う煙幕はほとんど意味を持ちません。捕食者も少ない環境で墨を維持するメリットが小さくなり、長い進化の中でその機能が失われたと考えられています。
Q. メンダコとダンボオクトパスは同じ生き物ですか?
広い意味では同じ仲間ですが、厳密には別のグループです。日本近海のメンダコ(Opisthoteuthis属)は水深100〜400メートルほどに暮らします。一方、英語で「ダンボ・オクトパス」と呼ばれる世界一深いタコはグリンポテウティス(Grimpoteuthis)属で、水深3,000メートル以上の超深海に生息します。耳のようなヒレを持つ点は共通しています。
Q. メンダコはどれくらいの大きさですか?
日本のメンダコ(Opisthoteuthis depressa)は、体の幅が15〜20センチほどの比較的小型のタコです。同じ仲間のオオメンダコは幅30センチを超えることもあり、種類によって大きさには差があります。
Q. メンダコは何を食べているのですか?
海底付近にすむ小型の甲殻類や多毛類(ゴカイの仲間)、小さな貝類などを食べています。傘のように広げた腕間膜で獲物を包み込み、腕の吸盤や触毛を使って口元へ運ぶ、ゆったりとした捕食スタイルが特徴です。
Q. メンダコは食べられますか?味はどうですか?
体のほとんどが水分でゼリーのように柔らかいため、食用としてはほとんど流通していません。可食部が少なく、味わうために獲る対象とはされていないのが実情です。基本的には「食べる」よりも「観察して楽しむ」深海生物だといえます。
Q. なぜ水族館でメンダコを見る機会が少ないのですか?
低水温・高水圧の深海環境を水槽で再現するのが難しく、繊細な体が輸送や飼育の過程で傷みやすいためです。国内でも連続展示記録は数十日程度にとどまり、展示が実現するとニュースになるほど貴重です。生態にも未解明の部分が多く残されています。
参考文献・出典
- 鳥羽水族館「生きもの図鑑 メンダコ(Opisthoteuthis depressa)」
- 海洋研究開発機構(JAMSTEC)BISMaL「メンダコ属 Opisthoteuthis」
- Natural History Museum, London, “What is a dumbo octopus?”(グリンポテウティス属の生態・深度記録)
本記事は公開されている報道および学術情報にもとづいて作成しています。生物の生態には未解明の部分が多く、今後の研究によって見解が更新される可能性があります。最新の情報については、各水族館および研究機関の公式発表をご確認ください。
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